百人一首
秋の田の かりほの庵の とまをあらみ
わが衣手は 露にぬれつつ
春すぎて 夏きにけらし 白妙の
衣干すてふ 天のかぐ山
足曳の 山鳥の尾の しだり尾の
長々し夜を 獨りかも寝む
奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の
聲きく時ぞ 秋はかなしき
鵲(かささぎ)の 渡せる橋に おく霜の
白きを見れば 夜ぞ更けにける
天の原 ふりさけ見れば 春日なる
三笠の山に 出でし月かも
わが庵は 都のたつみ しかぞ住む
世をうぢ山と 人はいふなり
花の色は 移りにけりな いたづらに
わが身世にふる ながめせしまに
是れやこの 行くもかへるも 別れては
知るもしらぬも 逢坂の關(せき)
わたのはら 八十島(やそしま)かけて こぎ出(い)でぬと
人には告げよ あまの釣船
天津風(あまつかぜ) 雲の通路 ふきとぢよ
をとめの姿 しばしとどめむ
筑波嶺(つくばね)の みねより落つる みなの川
戀(こひ)ぞつもりて 淵となりぬる
陸奥の しのぶもぢずり 誰故(ゆゑ)に
亂(みだ)れそめにし われならなくに
君がため はるの野に出でて 若菜つむ
わが衣手(ころもで)に 雪はふりつつ
立別れ いなばの山の 峯に生ふる
まつとしきかば 今かへりこむ
千早振る 神代もきかず 竜田川
から紅に 水くくるとは
住の江の 岸に寄る波 よるさへや
夢の通ひ路 人めよくらむ
難波がた 短き蘆(あし)の ふしの間も
逢はで此世を すぐしてよとや
佗ぬれば 今はたおなじ なにはなる
みをつくしても あはむとぞ思ふ
21. 素性法師
今来むと いひしばかりに 長月の
有明(ありあけ)の月を 待出でつるかな
22. 文屋康秀
吹くからに 秋の草木の しをるれば
むべ山風を 嵐と云ふらむ
月見(み)れば 千々(ちぢ)に物こそ 悲しけれ
わが身一つの 秋にはあらねど
此の度は ぬさも取あへず 手向山(たむけやま)
紅葉のにしき 神のまにまに
25. 三條右大臣
名にしおはば 逢坂山(あふさかやま)の さねかづら
人に知られで くるよしもがな
26. 貞信公
小倉山 峯のもみぢ葉心あらば
今一度の みゆきまたなむ
27. 中納言兼輔
みかの原 わきてながるる いづみ川
いつみきとてか 戀しかるらむ
28. 源宗于朝臣
山里は 冬ぞ寂しさ まさりける
人めも草も かれぬと思(おも)へば
29. 凡河内躬恒
心あてに をらばやをらむ はつしもの
置きまどはせる 白菊のはな
30. 壬生忠岑
有明の つれなく見えし 別れより
暁ばかり うきものはなし
31. 坂上是則
朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに
よしのの里に 降れる白雪
32. 春道列樹
山川に 風のかけたる 柵(しがらみ)は
流れもあへぬ 紅葉なりけり
33. 紀友則
久方の 光のどけき 春の日に
しづ心なく 花の散るらむ
34. 藤原興風
誰をかも しる人にせむ 高砂(たかさご)の
松も昔(むかし)の 友ならなくに
35. 紀貫之
人はいさ 心も知らず ふるさとは
花ぞ昔の 香に匂ひける
36. 清原深養父
夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを
雲のいづこに 月やどるらむ
37. 文屋朝康
白露に 風の吹きしく 秋の野は
つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける
38. 右近
忘らるる 身をば思はず ちかひてし
人の命の をしくもあるかな
39. 参議等
浅ぢふの をのの篠原 しのぶれど
あまりてなどか 人の戀(こひ)しき
40. 平兼盛
忍ぶれど 色に出でにけり わが戀(こひ)は
物や思ふと 人の問ふまで
41. 壬生忠見
戀(こひ)すてふ わが名はまだき たちにけり
人知れずこそ 思ひそめしか
42. 清原元輔
契りきな かたみに袖を しぼりつつ
すゑの松山 波こさじとは
43. 権中納言敦忠
逢見ての 後の心に くらぶれば
昔は物を 思はざりけり
44. 中納言朝忠
逢ふことの 絶えてしなくば なかなかに
人をも身をも 恨みざらまし
45. 謙徳公
哀(あはれ)とも いふべき人は おもほえで
身のいたづらに なりぬべきかな
46. 曽禰好忠
由良の門を わたる舟人 かぢをたえ
ゆくへも知らぬ 戀の道かな
47. 恵慶法師
八重葎(やへむぐら) しげれる宿の さびしきに
人こそ見えね 秋は來にけり
48. 源重之
風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ
くだけて物を 思ふころかな
49. 大中臣能宣朝臣
御垣守(みかきもり) 衛士(ゑじ)のたく火の 夜はもえて
晝(ひる)は消えつつ 物をこそ思へ
50. 藤原義孝
君がため 惜しからざりし 命さへ
ながくもがなと 思ひけるかな
51. 藤原實方朝臣
かくとだに えやはいぶきの さしも草
さしも知らじな もゆるおもひを
52. 藤原道信朝臣
明ぬれば 暮るるものとは 知りながら
猶(なほ)恨めしき 朝ぼらけかな
53. 右大將道綱母
なげきつつ 獨りぬる夜の あくるまは
いかに久しき ものとかはしる
54. 儀同三司母
忘れじの 行末までは かたければ
今日をかぎりの 命ともがな
55. 大納言公任
瀧の音は 絶えて久しく なりぬれど
名こそ流れて 猶聞こえけれ
56. 和泉式部
あらざらむ 此世の外の 思ひ出に
今ひとたびの 逢ふ事もがな
57. 紫式部
巡りあひて 見しや夫(それ)とも わかぬまに
雲がくれにし 夜半の月かな
58. 大貳三位
有馬山 ゐなの笹原 風ふけば
いでそよ人を 忘れやはする
59. 赤染衛門
安らはで 寝なましものを 小夜更けて
かたぶくまでの 月を見しかな
60. 小式部内侍
大江山 いく野の道の 遠ければ
まだ文(ふみ)も見ず 天のはし立
61. 伊勢大輔
いにしへの 奈良の都の 八重櫻(やへざくら)
けふ九重に 匂ひぬるかな
62. 清少納言
夜をこめて 鳥の空音(そらね)は はかるとも
世に逢坂の 關(せき)はゆるさじ
63. 左京大夫道雅
今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを
人づてならで いふよしもがな
64. 権中納言定頼
朝ぼらけ 宇治の川ぎり たえだえに
あらはれ渡る 瀬々(せぜ)のあじろぎ
65. 相模
恨みわび ほさぬ袖だに あるものを
戀に朽ちなむ 名こそをしけれ
66. 前大僧正行尊
もろともに あはれと思へ 山櫻
花より外に 知る人もなし
67. 周防内侍
春の夜の 夢ばかりなる 手枕に
かひなく立たむ 名こそをしけれ
68. 三条院
心にも あらでうき世に 長らへば
戀しかるべき 夜半の月かな
69. 能因法師
嵐吹く 三室の山の もみぢ葉は
龍田の川の にしきなりけり
70. 良暹法師
淋しさに 宿を立ち出でて ながむれば
いづこも同じ 秋のゆふぐれ
71. 大納言経信
夕されば 門田(かどた)のいなば おとづれて
あしのまろやに 秋風ぞふく
72. 祐子内親王家紀伊
音に聞く たかしの濱(はま)の あだ浪は
かけじや袖の ぬれもこそすれ
73. 権中納言匡房
高砂の 尾上(をのへ)の櫻 咲きにけり
外山の霞 たたずもあらなむ
74. 源俊頼朝臣
憂かりける 人をはつせの 山おろしよ
はげしかれとは 祈らぬものを
75. 藤原基俊
契りおきし させもが露を 命にて
あはれ今年の 秋もいぬめり
76. 法性寺入道前関白太政大臣
和田の原こぎ出でて見れば 久方の
雲ゐにまがふ 沖津(おきつ)白なみ
77. 崇徳院
瀬をはやみ 岩にせかるる 瀧川の
われても末に あはむとぞ思ふ
78. 源兼昌
淡路島 かよふ千鳥の 鳴く聲に
いく夜ねざめぬ 須磨(すま)の關守
79. 左京大夫顕輔
秋風に 棚引く雲の 絶間より
もれ出づる月の 影のさやけさ
80. 待賢門院堀河
長からむ 心もしらず 黒髪の
みだれて今朝は ものをこそ思へ
81. 後徳大寺左大臣
ほととぎす なきつる方を ながむれば
ただ有明の 月ぞ残れる
82. 道因法師
思ひわび さても命は ある物を
うきにたへぬは 涙なりけり
83. 皇太后宮大夫俊成
世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る
84. 藤原清輔朝臣
永らへば また此頃や しのばれむ
うしと見し世ぞ 今は戀しき
85. 俊恵法師
夜もすがら 物思ふころは 明けやらで
閨の隙(ひま)さへ つれなかりけり
86. 西行法師
嘆けとて 月やはものを 思はする
かこち顔なる わが涙かな
87. 寂蓮法師
村雨の 露もまだひぬ まきの葉に
霧たちのぼる 秋の夕ぐれ
88. 皇嘉門院別当
難波江の 蘆のかり寝の ひと夜ゆゑ
身を盡てや 戀わたるべき
89. 式子内親王
玉の緒よ たえなばたえね 永らへば
忍ぶる事の よわりもぞする
90. 殷富門院大輔
見せばやな 雄島(をじま)のあまの 袖だにも
濡れにぞぬれし 色はかはらず
91. 後京極摂政前太政大臣
きりぎりす なくや霜夜の さむしろに
衣かたしき 獨りかもねむ
92. 二条院讃岐
わがそでは 潮干に見えぬ 沖の石の
人こそしらね かわく間もなし
93. 鎌倉右大臣
世の中は 常にもがもな 渚漕ぐ
海士の小舟の 綱でかなしも
94. 参議雅経
みよし野の 山の秋風 小夜更けて
ふる郷さむく 衣うつなり
おほけなく 浮世の民に おほふかな
わがたつ杣に 墨染(すみぞめ)の袖
96. 入道前太政大臣
花さそふ 嵐の庭の 雪ならで
ふりゆくものは わが身なりけり
來ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに
やくや藻塩(もしほ)の 身もこがれつつ
98. 従二位家隆
風そよぐ ならの小川の 夕暮は
みそぎぞ夏の しるしなりける
人もをし 人も恨めし 味氣(あぢき)なく
世を思ふ故に 物おもふ身は
100. 順徳院
百敷(ももしき)や 古き軒端(のきば)の しのぶにも
猶あまりある 昔なりけり