遥に聞いてほしいことある
週末の夜、二人で食事をした静と遥が徳島の街を歩いていると、前から歩いてきた男が静の目の前で立ち止まった。 男は遥よりいくつか年下に見えたが、静よりはずっと年上だった。
「静、久しぶりやな」
男がそう声をかけると、静は驚いた顔をして、すぐに目を伏せた。
「ほのおっさんが新しい不倫相手か?相変わらず年上が好きなんやな」
男は遥を一瞥すると、静に向かって言った。
「あんたに関係ないでしょう」
遥が男をにらみつけたが、男は引かなかった。
「こいつ、かわいい顔してやらしい体しとうでしょ?あんたはどんなことしてもうたん?」
そう言って男は遥と静を嘲笑した。
「静、行くぞ」
男の言葉を無視して、遥は静の手を取って速足で歩きだした。
しばらく歩いてから、遥は静を植え込みの縁に座らせた。
静は顔を覆って泣いていた。遥は静の隣に座った。
「ごめん」
先に口を開いたのは静のほうだった。
「ごめん、遥……」
それだけ言うと、静は体を震わせて泣きじゃくった。
「言いたあなかったら言わんでもええんよ」
遥は上着を脱ぐと静に着せて、静の肩を抱き寄せた。
静をマンションまで送った遥は、静にせがまれて部屋に上がった。 「ごめんな、体が冷えてしもたやろ?」
「いけるいける。僕冬生まれやけん、寒さには強いけんね」
そう言いながら、遥は何度目かのくしゃみをした。
静は遥の隣に座ると、マグカップを両手で持ってコーヒーをすすった。
「僕、遥に聞いてほしいことある」
「うん、言うてみ」
遥も一口コーヒーを飲んで、静を見つめた。
「あの人、前の会社の上司で、僕あの人と不倫しとった」
「ほうか」
遥は驚きもしなかったし、静を責めもしなかった。ただ、小さくうなずいた。
「あの人、僕にすごく優しくしてくれた。僕はすぐにあの人のことが好きになった。あの人は奥さんと別れるって言うた。僕を幸せにしてくれるって言うた」 「静……」
遥は静の背中をなでた。静は震えながら泣いていた。
「僕たちの関係が会社にバレてしもて、二人とも会社を辞めないかんようになった。あの人は僕を捨てた。幸せにしてくれるって言うたのに」
遥は静の髪をなでた。
「僕があの人の家庭を壊しました」
そう言うと、静は声をあげて泣いた。
遥は静を抱きしめた。
「静は悪うないよ、静は人を好きになっただけやけん」
遥はずっと、静の柔らかな髪をなでていた。