夜遅くにごめん
夜10時、布団に入ってウトウトしようときにスマホの着信音が鳴った。
画面を見ると静からで、嫌な予感がした。
「静?」
「どしたん?」
僕は焦りながらも、精一杯冷静な声を出したつもりやった。
「夜遅くにごめん」
泣きながら静が言うた。
「かんまんよ。どしたん、なんかつらいことあった?」
静がこんな時間に電話をかけてくるんは初めてやった。
電話自体、仕事以外ではほとんどかけてこんかった。
僕は静やったらいつかけてもうてもかんまんかったんやけど、静が遠慮しとうみたいやった。
「僕、なんかおかしくて」
静は小さな声でほう言うた。
「僕にできることある?」
僕は明かりをつけて、布団の上にあぐらをかいて言うた。
「僕、寂しくて、また手首切りそう」
静はずっと泣いとった。
頭ごなしに否定しても、静を傷つけるだけやと思った。
僕の返答次第では、取り返しのつかんことになる。
「今すぐ行くけん、我慢できるな?」
僕はTシャツとジーパンを引っ張りだしながら、静に言うた。
今僕にできることは、一秒でも早く静の元へ行くことやと思った。
僕にはそれしかできんかった。
「切りたくないのに」
静の声は震えとった。
「静、すぐ行くけんな。辛抱しいよ」
僕は電話を切ると、服を着替えて財布とスマホをポケットに突っ込み、家を出て車に飛び乗った。
僕は静のこと、まだ全然理解できとらんかった。
なんでつらいことに痛いことを重ねるんやろ。
なんで自分を傷つけなあかんくらい思いつめるまで、我慢するんやろ。
静のこと、もっと理解したい。
インターホンを鳴らしても、返事はなかった。
ドアには鍵がかかっとらんかった。
寝室のドアを開けると、静がベッドで座り込んで泣いとった。
「ごめん遥、僕我慢できんかった」
泣きじゃくる静の手首をそっとつかむと、できたばかりの傷に血が滲んどった。
深くはないようやったけど、やっぱりショックやった。
「ごめん、僕約束破った、もうせんって言うたのに」
「静」
僕は静に僕の目を見るように促した。
静はポロポロと涙をこぼしながら、僕を見つめた。
「寂しい思いさせてごめんな」
僕が言うと、静は声を上げて泣いた。
僕はハンカチを静の手首に巻いた。
「ごめんなさい、何でもするけん、嫌いにならんといて」
泣きながら静が言うた。
「嫌いになったりせんけん」
僕は静の柔らかな髪をなでた。
嫌いになったり、するわけないやん。
「静、ようがんばった。切りそうやって、僕に電話して教えてくれたやん」
僕が言うと、静は僕にすがりついて泣いた。
僕は静を抱きしめて、頭をなでた。
静のこと、もっと教えてほしい。
静のこと、全部知りたい。
だけど今は、ゆっくりおやすみ。