僕ら、なんも悪いことしとらんのに
僕は普段動物園なんか行かんけん、人が多いんか少ないんかもわからんかった。
「地元やけん誰か見ようかもしれんね?」
しっかり僕の手を握った静が、いたずらっぽい笑みを浮かべて言うた。
「見せつけたったらええやん」
僕より一回り小さな静の白い手は華奢で、強く握ると壊れてしまいそうやった。
静は嬉しそうに僕の顔を覗き込んで笑うた。
「これは言い逃れできんね?」
ほう言う静を、僕は引き寄せた。
「逃れることないやん、僕ら恋人同士なんやけん。なんも悪いことしとらんやん」
僕がほう言うと、静はうっとりした顔をした。
静はソフトクリームを食べながら、行きかう家族連れやカップルの姿を眺めとった。 「どした?」
僕が声をかけると、静は遠くを見ながら口を開いた。
「遥は子供欲しないん?」
僕は答えに詰まった。
なんて言うたら静を傷つけずに済むか……ちゃうな、嘘ついても静には通用せんし、ホンマのこと言わな余計に静を傷つけてしまうんや。
「欲しいよ、めっちゃ欲しい。ちっちゃい静がようけおったらめっちゃかわいいやん。がんばって家買うて、僕と静の子供と、静と暮らせたら、ほんな幸せなことないやん。週末は家族でドライブ行ったらめっちゃ楽しいやん」 僕が言うのを、ソフトクリームを食べ終わった静が泣きそうな顔で聞いとった。
「ごめんな、遥」
「なんで静が謝るんよ」
僕は声がうまく出せんかった。
「だって遥が泣くけん」
「僕が?」
「泣いとうやん」
僕は泣いとった。周りの家族連れやカップルがドン引きするくらい泣いとった。
静はずっと涙をこらえとった。それが余計に悲しかった。
「静……」
僕は人目もはばからず静を抱きしめた。
「ごめんよ、ひどいこと言うて」
僕が言うと、静は僕の腕の中で首を横に振った。
「ホンマのこと言うてくれてありがとう」
静はほう言うて、僕の背中をなでた。
「僕ら、なんも悪いことしとらんのに」
僕は、静と一緒に小さな子供の手を引いて歩く自分を想像した。
僕達の子供は、静譲りのきれいな白い肌とふわふわの髪に、僕に似てくっきりした二重のかわいい子やった。