俺おしっこちびったもん
夕方、会議室に4人の姿があった。
「伊勢原さんがキレたとこや見たことないけん、ホンマビビったわ。俺おしっこちびったもん」
和が言うと、初めから反省して肩を落としていた遥はますますしょげ返ってしまった。
「伊勢原さん、神田橋さんに新しいパンツ買うたげないかんね。僕は黒いレースのTバックがええなぁ、神田橋さんもリクエストしときや」 円が面白げにセクハラ発言をしたが、遥は何も言わなかった。 「俺は普通のパンツでええけん、しまむらで3枚890円のやつ」
和が笑いながら遥の背中を叩くと、遥は「うん」と小さな声でうなずいた。
いつも笑顔で大声の遥らしからぬ態度に、和は行き場のない笑顔を静に向けた。
「そもそも悪いんは僕やけん、伊勢原さんは悪うないんです」
静は何度も繰り返した言葉をもう一度言った。
「エビちゃんは悪うないよ。伊勢原さん、ケンカするんは僕がおるときにしてくださいね、レフェリーが必要でしょ?」
優しく円が言うと、遥は力なくうなずいた。
「すんません、ホンマに。エビちゃん、怖い思いさせてごめんよ。和もごめんな、迷惑かけたな」
改めて遥が謝ると、和は力強くバンバンと遥の二の腕を叩いた。
「ほんなに気にせんでええッスよ!なぁ、エビ?」
和が静のほうを見ると、静もうなずいた。
「ケンカはアカンけど、僕のために怒ってくれたんは嬉しかったです……」
静は恥ずかしそうに、遥を上目遣いに見ながら言った。
「俺も怒ったで?」
「あっ、ありがとう、神田橋さん」
和と静のいつもどおりのやり取りを見て、ようやく遥が笑った。
「よっしゃ、ほな解散。伊勢原さんと神田橋さんはおつかれさんでした。エビちゃんは5時まで仕事がんばろな」
円が言うと、和は更衣室に、静は事務所へと戻っていった。
「伊勢原さん」
二人の後を追って出ていこうとした遥を、円が呼び止めた。
「神田橋さんとエビちゃんを守ってくれて、ありがとうございました」
「僕はほんな……」
遥は円の顔を見て、思わず後ずさりした。
「二人になんかあったら、僕はもう」
円は泣きそうな顔をして、額にじわりと汗をかき、瞳孔の開いた黒い瞳でじっと遥を見つめていた。
遥が円のそんな顔を見るのは初めてだった。
「どないなるか自分でもわかりません」
つぶやくと、円は青ざめた顔のままどこかへ行ってしまった。人を殺すか、そうでなければ死にそうな顔だった。