人生初エスプーマや!
週末、徳島市内にあるベーカリーカフェに4人の姿があった。
夏の間は豪華なかき氷が提供されているとの情報を、和がタウン情報誌から仕入れてきて、夏の終わりにみんなで行こうと提案したのだった。 「うわぁ、人生初エスプーマや!」
いちごミルクを頼んだ和が嬉しそうに声を上げた。
かき氷を前にしてよだれを垂らす和を、目を細めて見つめながら円が言った。いつも通りの低くて甘い声だった。
「今のは言い方がエロい」
ニヤつきながら遥が言うと、和が頬を赤くした。
「子供か!」
「おっさんです、すんません」
遥に向けて悪態をつく和に、なぜか円が頭を下げた。
「エビこら、なんとかせえ!」
こうなったときに和が静に助けを求めるのはいつものことだった。
「はよ食べな溶けるよ」
静はというと、エスプーマがたっぷり乗ったすだちとゆずのかき氷をせっせと口に運んでいた。
「クール!めっちゃクール!俺が窮地に立たされとんのに」
和がブーブー文句を言ったが、静は笑うだけで助け舟を出してくれなかった。
「和、はよ食べ。どうせもう一杯食べるんやろ」
呆れ声で遥が言うと、和は首を横に振った。
「さすがに冷たいもんばっかりは体が冷えるッスよ、なんか温かいもん食いに行けへんスか?ラーメンとか」
当然のように和が言うので、聞いていた静と遥はかき氷を口から吹き出しそうになった。
「こっわ、こんなデカ盛りのかき氷食うた後でラーメン食うんや」
宇治金時のかき氷を崩して、笑いながら円が言った。
「え、だってかき氷って氷ッスよ、氷って水ッスよ」
キョトンとしている和をスプーンで指さしながら、遥が言った。
「こっわ!飲み物やから食べ物にはカウントされてへんのや?」
円が面白そうにそう言うと、和は少し困ったような顔をした。
「エビ~、東雲さんと伊勢原さんがいじめるんやけど~」
情けない声を出して、静に助けを求める和。
「伊勢原さん、僕その黒蜜ごまかき氷食べてみたいです」
「無視やし!」
「ええよ、ほな交換しよか?」
「僕も混ぜてくださいよ~」
「無視やし!」
静と遥に加えて円もかき氷の交換をしあっているのを見て、和が憤慨した。
「神田橋さんも交換しようだ、宇治金時おいしいよ」
円にすすめられて、和は少し顔を赤らめて宇治金時を口にした。
「あ、うまいッスね、うん」
かき氷とあんこを口に運んで、和がうなずいた。
「こいつ今東雲さんが食うとったところ食いましたよ!」
「ほなから子供かゆうてるやん!酔うとんのかおっさん!」
遥におちょくられて、和は赤い顔で声を上げた。
遥が横目で静を見ると、目が合って、静は微笑んだ。
「うまかった?」
「はい、僕も初体験だったんですけど、おいしかったです」
静が答えると、遥は嬉しそうに笑った。
「そっちも、すごくおいしかったです」
静は遥の黒蜜ごまかき氷を指さして言った。
「ほうか、よかったな」
遥は目を細めて静を見ると、そのまま視線を和に移した。
「和、いつもありがとうな」
自分や円だけでは決して来ることはないだろう店に、和はいつも静も誘って連れて行ってくれる。
そのことに、遥は感謝していた。
「何スか急に、きしょいなぁ」
いちごミルクを最後の一滴まで食べつくした和が、怪訝な顔で遥を見た。