ラブリーアイランド!?
和が給湯室に水を飲みに行くと、円が一人、熱心にスマホを触っていた。 円はいつも電話をしたりメッセージを送ったりするために、スマホを手放すことはない。
ただ、今日はどこか楽しそうな顔をしていた。
「東雲さん、なにしよんすか?」
和は遠慮なしに、円に声をかけた。
円は楽しそうな顔のまま、和の顔を見た。
「へー、東雲さんもゲームするんや。何のゲームッスか?」
和は興味のあるなしがはっきりした性格で、円のことはなんでも知りたがる。
円は和に向けてささやくような声でそう言った。
「ラブリーアイランド!?」
和は円を見上げて、ゲームの名前をオウム返しにした。
「東雲さん、ラブリーアイランドしよんスか!?」
和は目を点にしてもう一度言った。
「ほんなに意外か?」
円はスマホを手にしたまま、苦笑いした。
ラブリーアイランドとは女性を中心に人気の箱庭系のゲームで、円のような中年男性が好んでプレイするゲームとは言い難かった。
「も、もしかして、女に誘われてしようとか?」
和に言われて、円はワハハと声を出して笑った。
円はよく笑う。楽しいときは、大きな声を出して笑う。
「ほんなわけないやん。神田橋さんこそ、ラブリーアイランドしよんちゃうん?」
円が意地悪そうに笑った。
「俺みたいな女が、ラブリーアイランドしよったらおかしいっていうんでしょ」
和はそっぽを向いて不満げな顔をした。
ラブリーアイランドはかなりガーリーなゲームで、和はかなり男勝りな性格だった。
「神田橋さん、はようQRコード読み取ってだ」
円は和の言葉をスルーして、フレンド登録用のQRコードを出してスタンバっていた。
「俺の話聞いてへんし」
呆れたように言いながら、和は胸ポケットからスマホを出すとアプリを起動してQRコードを読み取った。
「神田橋さんの島めっちゃきれいやなぁ。アバターもかわいいし」
ラブリーアイランドでは自分の島をデコレーションしたり、アバターを着替えたり、ラブリーと呼ばれるペットのような生き物を育てることができる。
デコレーションや衣装はガチャで手に入るが、和はそれなりに金をかけているようだった。
「ラブリーに僕の名前を付けてくれとんやね」
円に嬉しそうにそう言われて、和は湯気が出そうなくらい顔を赤くした。
「すんませんでした!」
いたたまれなくなった和が、円に頭を下げた。
「ええよぉ、僕やってラブリーに神田橋さんの名前付けとうし、お互い様やん」
円の低く甘ったるい声を聞いて、円は自分の島に遊びに来た円のアバターの隣にいるラブリーに目を移した。
和。
ラブリーの詳細を開くと、円が設定した紹介文があった。
世界で一番かわいい女の子。
「ほな僕は仕事に戻るけん」
円はスマホを胸ポケットに戻すと、マグカップを持って給湯室を後にした。
和はしばらくまともに息ができなかった。スマホを握った手は小刻みに震えていた。
「まっ、円は世界で一番かっこいい男、やけん……!」
和は小声でそう言うと、嬉しそうに笑いながら廊下を歩いていった。