ほな今日は伊勢原さんを潰したろかな~
「今年も僕の誕生会にお集まりいただき、ありがとうございます。細かいことは抜きにして、ほな乾杯!」 「かんぱーい!」
「おめでとうございます!」
円が音頭を取ると、みんな嬉しそうにビールの入ったジョッキで乾杯した。 「今年も個室の焼肉屋なんて、ホンマええんスか?遠慮せんスよ?」 いつものように円の隣に座った和が、にんまりと笑いながら言った。
和の手には注文用のタブレットがあって、ビールと一緒にすでにいくつか注文していた。
「牛一頭でも食うてくれ」
「言うたスね?」
円の余裕の笑みを見て、和は嬉しそうに笑った。円はそんな和を見るのが好きだった。
「エビちゃんも神田橋さんに負けんようにな」
「ほれは無理ですよ」
困った顔で静が即答すると、みんなが笑った。
「ほな今日は伊勢原さんを潰したろかな~」
円の言葉に、運ばれてきた上ロースを鉄板に並べながら、遥が苦笑いした。
「伊勢原さんが潰れるわけないっしょ、え、なんスかほの笑い方?」
和が上ロースから視線を引きはがして、遥と円を交互に見た。
「実はな」
「あああ~~~!!!肉が焼けるで~~~!!!」
円にかぶせるように遥が慌てて声を上げた。
それを聞いて静が口元を押さえてキャッハハハ!と笑った。
遥は静にひきつった笑顔を向けた。
「え?なにほれ?え!絶対なんかあったでしょ!」
あからさまに怪しい遥を見て、和が面白そうにそう言った。
「ないよ!」
遥は口ではそう言うものの、慌てようからして何もないわけがないのは和でもわかった。
遥も和と同じく、嘘や隠し事が下手だった。
「ズルいッスよ俺だけ、エビも知っとんでしょ?」
ぷんすかと音が出そうな勢いで、和は遥に詰め寄った。
遥は静に救いを求めてアイコンタクトを取ったが、静は意地悪そうに笑って返した。 「神田橋さんだけ知らんのはズルいですよ」
「エビちゃん~~~!!!」
まさかの言葉に遥は声を上げたが、静は隣ですました顔をしていた。
「何を一人慌てとるんですか、昔伊勢原さんが酔いつぶれて、僕が介抱したっちゅうだけの話やないですか」 上ロースを食べてビールを飲んだ円が、やたら冷静な口調でそう言った。
「ほ、ほうやね!」
遥はうなずくと、勢いよくビールを飲んだ。その言動にはもはや怪しさしかなかった。
「僕にお持ち帰りされたことまで言わんでもええでしょ」 一杯目のビールをあっという間に飲み干して、円がいつものように上品な笑顔で言った。 遥にはツッコむ以外の選択肢がなかった。
「なってないけんね?!」
遥は奇妙な笑顔を張り付けて、和と静を交互に見やった。二人とも腹を抱えて笑っていた。
「いやスケベなことはしてないけん!ねえ東雲さん?」
笑いすぎて涙目になっている和に訊かれて、遥は全力で否定して円の顔を見た。
円がよすぎる声でそう言ったので、静と和は笑い転げて、遥は顔を引きつらせた。
「うそうそ。どうせやったら素面のときにしたいけん」
円はとびきり楽しそうで、優しい笑顔を遥に向けた。
どこまでが本気でどこからが嘘なのか、遥はいまだに見分けがつかなかった。そんなところが円の魅力でもあった。