ずっと夢を見とった
月曜日、僕はどんな顔をして東雲さんに会うたらええんかわからんで、休みを取った。
ほんな日に限って荷物が多くて、僕の代わりに元ドライバーの東雲さんが車を走らせることになった。
交差点で東雲さんは、大型トラックに横から突っ込まれた、らしい。
静から電話を受けて、僕はなんも考えんと病院へ走った。なんも考えられんかった。
病院の廊下で静を見つけて、駆け寄った。僕は静の肩をつかんで、何があったんか訊いた。
2トントラックの運転席は追突の勢いで潰れて、車体はそのまま横転して、東雲さんを助け出すのも大変やったらしい。
ほんで?東雲さんは?命は助かったんよな?
僕が変な笑顔を浮かべて顔をのぞき込むと、静はわからんと言うて泣いた。
わからんてどういうことよ?
僕が言うても、静はただ首を横に振るだけやった。
支店長は静と僕にもう帰れと言うた。しばらくして駆け付けた和にも。
帰れるわけがなかった。僕達はひたすら、東雲さんを待ち続けた。
永遠に思えるほど長い時間が過ぎた。
医者からは東雲さんの意識が戻るかどうかはわからんと言われた。
僕は毎日お見舞いに行った。話しかけるとええと看護師さんに教わって、その日あったことや、楽しかった思い出、目が覚めたら行きたい場所の話を東雲さんに聞かせた。
僕は東雲さんの手を握り続けた。あの日振り払ってしもた手は、日々細うなっていった。
静も和も、僕に少し休んだ方がええと言うてくれた。僕は何も悪うないと言うてくれた。
ほなけど、こうして東雲さんのそばにおらな、僕はもう気が狂ってしまうと思う。
事故から3カ月が経ったその日、東雲さんの手がかすかに動いて僕の手を握り返した。
東雲さんが目を覚ます。
嬉しい、よりも、怖かった。
ほなって、東雲さん。すいません、僕のせいで。
僕のせいで、こんな。
こんな。
「ずっと夢を見とった」
僕を見上げて、東雲さんは枯れた声で言うた。
「どんな?」
僕は東雲さんを見つめ返して、訊ねた。
「伊勢原さんが、僕を選んでくれる夢」
ほう言うて東雲さんは笑うた。僕は東雲さんの頬をそっとなでた。
「東雲さん、すいません」
僕が声を絞り出すと、東雲さんは震える手で僕の頬に触れた。
僕が流した涙が、東雲さんの白い手を伝って流れ落ちた。
「伊勢原さんやなくてよかった、僕でよかった」
東雲さん、自分の体がどうなっとんか知っても、同じことが言えますか。
「僕の足がない」
東雲さんは、笑顔を顔に張り付けたまま大泣きした。
「伊勢原さん」
「はい」
名前を呼ばれて、僕はただ返事をした。僕も泣いとった。
「僕の足はどこですか?」
震える声で東雲さんが言うた。
「東雲さん、すいません、すいません……」
僕は東雲さんのやせた手を両手で握りしめて、謝り続けた。
立ち直れんようになるくらいひどい言葉で責めてほしい。
ほれやのに東雲さんは、笑いながら僕の名前を呼んだ。
「伊勢原さんやなくてよかった、僕でよかった」
東雲さんは同じ言葉を繰り返した。
僕は泣きながら謝り続けることしかできんかった。
東雲さんは、事故は僕とはなんも関係ないけん、気にせんでええと何度も言うてくれた。
もう病院に来る必要もないと言うた。
僕の顔が見たあないんかと思ってほう訊いたら、笑うて首を横に振った。
伊勢原さんの顔はずっと見ときたいです。ほなけど泣いとる顔は見たあないです。
東雲さんがほう言うたけん、僕は精一杯笑顔を作って東雲さんに会いに行った。
伊勢原さんはエビちゃんの旦那さんやけん、エビちゃんを幸せにしてあげてください。
東雲さんはほう言うて僕を追い払おうとした。ほなから僕は、指輪を外して東雲さんに会いに行った。 「ずっと夢を見よったんです」
ベッドの横に置いた椅子に腰かけた僕に、朦朧とした様子で東雲さんが言うた。
東雲さんは精神的に不安定になっとって、薬をようけ飲んどるらしかった。
「どんな夢ですか」
僕が訊ねると、東雲さんは嬉しそうに微笑んだ。
「伊勢原さんが、僕を選んでくれる夢です」
東雲さんの言葉に、僕は小さく何度かうなずいた。
白い頬を優しくなでると、東雲さんは気持ちよさそうに笑うてまた眠りについた。
外の空気を吸いに行こうと、僕は東雲さんを抱き上げた。小さくなった東雲さんの体は、怖いくらい軽かった。
車椅子に載せても、東雲さんは僕に抱きついて離れようとせんかった。
東雲さんは僕の耳元で呟いた。
ほう言うて、東雲さんは嬉しそうに笑うた。
僕はほんな東雲さんを抱きしめて泣いた。
「遥……」
薬を飲んで眠っとった東雲さんの口から、僕の名前が漏れた。
「ありがとう……僕を選んでくれて……」
東雲さんは目を閉じたまま嬉しそうにクスクスと笑とった。夢を見とるみたいやった。