16年間、ずっと
その夜僕は東雲さんに誘われて、夜の街に出かけた。久しぶりのサシ飲みやった。 東雲さんはニコニコしとったけど、なんか本調子でないみたいやった。僕は東雲さんと付き合い長いけん、作り笑いもすぐにわかるんよ。
「なんか、飲まな話せんような悩みがあるんやないんですか?」
思い切って僕が言うと、東雲さんは苦笑いして、焼酎のロックをあおった。
「鋭いなぁ」
東雲さんは目を細めて僕を見た。
「僕ねぇ、ずっと伊勢原さんが好きやったんです。16年間、ずっと」
東雲さんはほう言うて微笑んだ。僕は笑顔で返した。またいつもの冗談や。16年間ずっと、同じネタをよう引きずるもんやわ。
僕は左手の婚約指輪をこれ見よがしに東雲さんに向けて掲げた。 静とのこと、和も東雲さんも受け入れてくれた。籍は入れれんけど、式だけはしたいって話もした。二人とも出席したいって言うてくれた。
「なんで?」
指輪を見た東雲さんは、泣きそうな顔をしとった。
「なんで僕とちゃうんですか?」
東雲さんのかすれた声を聞いて、僕はうろたえてしもた。
「今までいろんな人と付き合うたけど、好きって言われたけん付き合うただけで、僕は誰のことも好きでなかった。僕が好きになったんは、伊勢原さんだけなんです。伊勢原さんが初恋なんです」
ほう言うて東雲さんは僕の手を握った。東雲さんの手は熱うて、汗ばんどった。
「冗談キツイですよ」
「冗談と違います」
東雲さんは、真面目な声で僕にほう言い返した。
「一度だけ、僕を抱いてくれませんか」
寂しそうに微笑んだ東雲さんの言葉に、僕は反射的に首を横に振った。
「何を言うとんですか、堪忍してくださいよ」
思わず東雲さんの手を振り払って、逃げるように店を出てしもた。
東雲さんの目、本気やった。
僕のことずっと、ほんな目で見よったんやろか。
気持ち悪うなって、路地裏で吐いた。
付き合い長いのに、僕は東雲さんのことなんもわかってなかった。