誓願
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発行 2019年9月(原著), 2020年10月(邦訳)
装丁 早川書房デザイン室
『侍女の物語』の続編で、前作の主人公オブフレッドの話ではなく(というわけでもないのだが)、彼女が脱出を図った後もしばらく続いたギレアデとカナダにおける3人の女性の目線で語られる話。 多くのレビューにあるように、前作が立ちこめる靄で締め付けられるような陰鬱な諦念のテキストだったのに対して、その靄がどんどん霧散していくような開放感と言うか動きに満ちていて、とても面白かった。心なしかぐいぐいページをめくらされて、読む速度も速かった気がする。
エヴァンゲリオンの旧劇場版に対する新劇場版みたいな感じ?
そういう前作とのコントラストがあるので、人によっては前作と今作、どちらを先に読んでも面白いぞみたいなことを言っていたのを耳にしたけど、今作を後に読んだ方が気分的にはさっぱりするかも。あるいは前作の暗いトーンを楽観視せずにそのまま受け取れるように思う。
あとがきで翻訳した鴻巣友季子さんが "このような変化が起きた背景には、混迷を深める世界の情勢があるだろう。作者はこれ以上、出口も希望もない続篇は書きたくない、書けなかったのだと思う。" と書かれていたので、納得してしまう。
わたしはそのときまで、ギレアデの神学の正しさ、とくにその信憑性を真剣に疑ったことはなかった。なにか疑いが生じるなら、それはわたしの方に問題があるんだと判断していた。ところがギレアデによって何が変更され、追加され、省略されたかわかってしまうと、信心を失いそうで恐ろしくなった。
信仰をもったことがない人には、これがどういう意味かわからないだろう。いちばん大切な友人が死にかけているような気持ち。自分を護ってくれたものがことごとく焼け落ちていくような、独りぼっちでとり残されそうな、逐われて暗い森のなかで迷子になったような気持ち。タビサがなくなった時に感じたのと同じ気持ちだった。世界から意味がこぼれ落ちて空っぽになったような、なにもかもが虚ろで、なにもかもが萎れて行くような気がした。 (p427)
こことか、ひっくり返せば、今の自分達にとっての民主主義や正しさに対する価値観について、同じことを感ぜざるを得ないような状況にあるとも言える気がする。
それでも、信じたい。というより、信じることに焦がれた。結局のところ、信心というのは何割くらいが憧憬で出来ているのだろう? (p428)
私が権力で膨れ上がってきたのは確かだが、権力により掴みどころのない存在にもなっている。――無定形で、つねに形を変えて。わたしは至るところにいると同時に、どこにも存在しない。司令官たちの心にさえ動揺の影を投げかける。どうしたら自分を取り戻せるのか? どうしたら自分の元の大きさに戻れるのか? ふつうの女性の大きさに。
だが、そうするには、もう手遅れなのだろう。最初の一歩を踏みだしたら、困ったことにならないよう、次の一歩も踏みだすしかない。わたし達のいるこの時代には、進む方向は2つしかない。昇るか、墜落するか。 (p47)
「でも、どうしてそんなことしたんだろう?」わたしは言った。「死にたかったの?」
「誰も死にたくなんかないよ」ベッカは言った。「でも、自分に許された生き方で生きていたくない人もいる」 (p413)
「三重のクソみ(トリプルシット)!」ニコールは言った。 (p494)
声に出して言いたい。
わが読者よ、あなたと共に過ごせる時間も残り少なくなってきた。わたしが綴ってきたこの手記を、あなたは壊れやすい宝箱のように思うかもしれない。開けるには、細心の注意が必要だと。あるいは、びりびりに引き裂くか、燃やしてしまうかもしれない。言葉というものは、しばしばそういう仕打ちを受けてきた。
あるいは、あなたは歴史学専攻の学生だろうか。その場合は、わたしのことをなにがしか役立ててもらいたい。この手記は欠点もすべてさらけ出した肖像画だ。わたしの生涯とその次代の確かな記録。適切な“脚注”も付いている。とはいえ、これを裏切り行為と言われないなら、こちらが仰天するだろう。いや、それはないか。わたしはもう死んでいるだろうし、死者は仰天したりしないから。
わたしの想像するあなたは若い女性だ。聡明で、志の高い。その時代にもまだ学術界というものが存在しているなら、谺の反響するその薄暗い洞穴のどこかに、自分の小さな地歩を確立しようと努力しているだろう。私は思い描く。デスクについているあなたを。髪の毛を両耳の後ろにかけ、ネイルはちょっと剥げている――そう、そのころには、例によってネイルの習慣が復活しているだろう。あなたは微かに眉をひそめている。この癖は歳とともに頻度をますだろう。わたしはあなたの背後にいて、肩越しに覗きこむ。あなたの詩神(ミューズ)となり、見えないひらめきの泉となって、あなたの筆をうながす。 (p563~564)
参考