言葉の意味をずらして使ったり、単語本来の使用対象とは文脈に持ち込んで使う
言葉の意味をずらして使ったり、単語本来の使用対象とは文脈に持ち込んで使う
これは一種の比喩用法になって、重要な知的作業なのだと思う。そしてこの作業は同時にモチベーションにもなっている。 ちょっとオタクっぽいけど、「暑くなってきたので、ちょっと上着をパージしてくる」みたいなことを発言するときに、 「俺今ロボットアニメに夢中だから」みたいなニュアンスも込められるし、
「くっついたままだとそれぞれの機能すら十全に果たせない状況になった」とか
「そういう指揮官っぽい格好いい判断を俺今した」
ikkiTime 2018/06/16 10:04
とはいえ、その言葉の意味をずらして使ったり、単語本来の使用対象とは違う場面にあえて持ち込むことは、知的活動の主要な動力源なのではないかという気もする。それ自体が目的ではないけれど。 3GUT1_R1NT4R0U 2018/06/15 20:30
最近「発露」とか「構成要素」とかそれ以前に、「愛情」みたいなゆるい言葉を重大事案に使うから問題になるんだと気づいた。あるないとか、やったやらないとか、そういう話に必ずなる。定義が違うんだからそりゃそうだ。ケアは本当に大変だと思う。 https://t.co/xsn8bYoDjS ☞ ikkiTimeがリツイート
いちは
@BookloverMD
遊園地や美味しいもの、オモチャや誕生日のお祝いなどは、愛情の「発露」としてのものであって、決して愛情の「構成要素」ではない。
それらが欠けていても深く愛されていたと感じて育つ人がいるし、それらすべてを与えられても愛情不足だと感じながら育つ人がいる。
15:14 - 2018年6月12日