馬鹿なキャラにあこがれた
馬鹿なキャラに憧れた
小学生の頃。
「あ、これ進研ゼミでやったところだ」
って状況ってありますよね。
まあ、私の場合は進研ゼミではなく、学研の科学だったから、理科限定に近かったけども。それと並行して同『算数のひみつ』なんかの学習漫画をどんどん読んでたりして、授業内容の先どり知識ってのをある程度、私は持っていた。
つか、そもそも教科書は学期の初めに配られてるんだし。
そうすると、いやらしい話なんだけど、本番の授業で、先生が「これをするには、どうしたらいいと思うかな? なんかわかる人〜?」 みたいなことを言ったときには、それをもう、すっかり知っちゃってたりしたわけです。
で、得意になって「はいっ」とか言いたくなるわけだ。ところがだな。そんなのが、別に私1人ではないんだよね。
そうすると、授業がすごく予定調和で静かなことが起きてしまう。みんな、当たり前に正解しかしらない。
あの空気が好きじゃなくて。うん、自分が正解の側にいるくせにね。
だってあれが、実りもないし、印象にも残らないし。
「『誰か』が “馬鹿役” を引き受けて、『どっちも、もとは同じところから持ってきているんだから、結果も同じなんじゃないかと思いましたぁ〜』みたいなことを口走ってくれて、で、それから先生が『そうですね、それでは実際にやって見せましょう』ってやれば、分かりやすいし、印象にも残るのに。
(そんで、『はい、いっき君が正解でしたね』と、最後にはなってほしい)」
ってことを、ずっと思っていた。
まあ、これはこれで茶番になってしまっているとも言えるけど。
なんなら、一人で二役やってしまったっていいくらい、そういう役がいて欲しかったんだ。
で、じゃあ自分で “馬鹿役” の方を、やってしまったらいいのではないか。
そういうことを考えなくもなかったけど、まあそれがなかなかできなかった。
小学生くらいでは、まだプライドが勝ってしまったし(前述のとおり)。
中高生でも、まだ自分の慣れ親しんだ役割りのレールが持つ引力に逆らえるほどの力は、私の中になかった。そして、一度レールができ始めてしまうと、急にキャラチェンジしても「嘘くさい」って思われるんじゃないかって不安が大きかったし。
で、実際にキャラ変し始めたのは大学生くらいからだろうか。
まあ完全に馬鹿をやれるわけもないんだけど、無知を装って核心を無邪気に質問してしまうとか、そういうことは段々とできるようになった。
「後ろに聞かせるための質問」とかね。
とちらかというと、「馬鹿」というよりは「天然」という感じ。あるいは、いつも、どこか、どこまでが本気かがつかめない感じ。
そんな風に、なれたらいいな、なれていたらいいな、という感じ。
そんな自問自答というか、鬱屈が人生のなかにぐずぐずとあったりした。
タグ 物語er、プロデューサー的視点、対話形式、コンプレックス、テーブルトークRPG、おバカ、無害
from 2020/1/1-2020/01/04