組織人と合目的的ストイシズム
組織人と合目的的ストイシズム
下記抜粋は某ギャグ漫画より。
『かってに改蔵』7巻
「ボクらのクラブは……
体育会系からスポーツを引いたクラブなのです。」
「はぁ?」
「つまり、スポーツに自信のない者が体育会系を楽しむためのクラブなのだ。」
「つまり体育会系そのものが活動目的!
余計なスポーツなぞはいっさいしないのだ!」
「何それ…」
コント的に無茶な設定というかシチュエーションを用意して、出来事が展開していく。先輩を敬わせたり。
もちろんアホらしいし、そういう個人への敬意、感情の上下関係とかは馬鹿馬鹿しいし、「駄目な日本の縮図」みたいな気分にもなる。
ただ、私はたとえば世間話が苦手で、学生時代よりもサラリーマンになってからのほうが、コミュニケーション欲求が満たしやすいくらいのところがある。
無目的な会話って、つらいよね。他人にそんなに関心ないし、関心のないことに注意を向けるような根気もないしさ。
有目的的組織はいい。
やること、やる理由、進むべき方向がはっきりしている。
https://twitter.com/ikkitime/status/958541984162971649?s=21
自分で税制の申告しなくていいし、パソコンが不調になったらIT部の人呼べばいいし、仕事場の掃除しないでいいし、毎朝行けば何かの仕事があるし、私生活をそれほど晒さなくていい人間関係が行ってるだけで手に入るし…
ただ、そういう、逃避的な理由だけでなく、積極的に忠誠心というか帰依心を注ぎ込みたいと思っている自分もいて、その意味でも、有目的組織はいい。
忠誠、とか帰依っていうとアレだが、要は「夢中になっていたい」「フローに入りたい」「頑張っている自分に会いたい」みたいなことだ。
「別にサラリーマンの楽しさ」というのは、社内政治だの、経費をごまかしてもうけることだの、社内恋愛や赤提灯だけではないのだ。
報連相とWBSとプロジェクト管理だけあれば、十分だ。より正しく上位目的を理解して、前工程の意図と後工程のニーズを推測して、あるべき「自分の作業」の質を高めていく。
iki0102
「生き生きと、わくわくと、楽しんで働く」というイメージもいいけど、私は「限界いっぱいまで注ぎ込んで、なんか、すっげーことにならないかな、って期待感を持って行動したい」という根源的な欲求がある。
パズルを解くとか、ミッション達成に挑むとか、外的な要因に駆動されていたい。
そういう意味で、個体としての自分一個の快適を超えた、より上位の目的があって、そこに自分の努力を位置付けられることや、そのための目標に向けて、私心や本能を抑制しながら一目散に向かっていく行為は、私にとって快なのだ。
私は美術も体育も成績が悪いほど、体を使って何かをするのが苦手だ。
だから、スポーツの部活で克己や滅私を楽しむ自分に出会うことはなかった。
だけど、そういう味わいを(身を滅ぼさない程度に)味わいたい気持ちは結構ある。そういう意味では、純粋なリベラル気質ではないのかもしれない。
インドアな体育会系、内向的な体育会系、頭でする体育会系、そういうものがあっていい気がするのだが、4象限の一部が疎になっている感じ。
from 2023/09/16-2023/09/20