百合は普遍で腐は異端だという感覚がどこか自分の中にある
from 2021/05/01-2021/05/05
百合は普遍で腐は異端だという感覚がどこか自分の中にある
私は理性的で公平であることを重視して生きていたい人間なので、こういう感覚が自分の中にあることは、それ自体認めたくないのだけど、それでもそういう感覚がやはりどこかある。
百合はOK、腐(BL含めて)は不健全で生理的に異常だという、そんな感覚が。
私の中で、腐を “価値観の多様性” として認められない感覚は、私が異性嗜好の男性で、ゆえに生理的なレベルで嫌悪を感じるということも一面ではあるとはいえ、それだけではないという気がしている。
それは、そういう世界観の中で描かれる男性が、同じ地続きの世界において、同じ男性として認識できないってことによるのだと思う。
美形だとか受け身だとかいうことではなく、
1.他者に対して交流したいという意欲を持っている
言い過ぎを承知して誇張していうと、男は相手が男であれ女であれ、恋愛なんてしないわけですよ。
男同士だったら、ホモソーシャル的に、「思いやらないし、気を使う気もないけど、お互いに同族だという感覚を持つ」ことでつるもうとするし、相手が女性だと、「女子という記号」に即反応する本能に引きずられて、正気を失う感じでのぼせ上がる。
他者を他者として、他者交流だからこそ、交流が楽しい、という感覚を持つ若年男性って、ほとんど空想上の生物なんじゃないかなあ。
2.さわやか(生きることに恐れや囚われや渇望を持っていない)だ
「無能であることへの恐れ、という呪い」の話じゃないんだけど、男はどこかで、生存していて「世界に裁かれる恐怖」を抱えるし、それを見ないふりをするためにビッグドリームに駆り立てられて夢中になってみたり、神経質に体面や面子を維持しようとしてみたり、小人物的な囚われの中で攻撃的だったり残酷になったりする。
そういう、ドロドロとしたものから完全に自由で、「さわやか」だったり、「包容力」があったりする男性キャラというのは、もうそれだけで、同じ社会の中に生きている男性という自我として感じられないのですよね。
(ここまで書いてきたようなことは、もちろん、私個人の偏見だと言ってしまえばそれまでの部分はありますので、これを用いて他人を切り分けたりはしないつもりだ)
だから、そういう意味で、そういう 2要素から完全に自由な形で男性キャラを描写して、なおかつ同性愛で、というものがもし描かれていけば、ワンチャンそこを切り口に私がその世界にハマっていける可能性があるのだがな……
どんなもんでしょう。
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ウマ娘
from @ikkiTimeツイート(ikkiTime)2021/05/01 09:02
aruto250 2021/04/27 14:54
いや自分は端的に言ってアンチフェミニストなので「女性的表象は女性のものであるべきだ」なんてことは言わないけれど、中身がおっさんの女子に喜んだり、男性性を仮託した女子を女子に絡ませて喜ぶというのは、どうにも自身の男性性から逃げているようで、そんなことで良いのだろうかと考えてしまう。
http://twitter.com/aruto250/status/1386921627875614726
aruto250 2021/04/27 16:50
自分には、そうした女性ばかり出てくる作品に入れあげる行為は、男性の尊厳を進んで毀損しているように思えて仕方ないのですよ。今どきそんな尊厳を大事にするよりも女子がキャッキャウフフする作品を楽しむ方がよほど楽しいのだと言われるだろうけど、それは喉の渇きに海水を飲むような話に思える。
http://twitter.com/aruto250/status/1386950915647700994
aruto250 2021/04/27 16:13
しかしそれでも「男は損だ、男で良いことなんてない」という諦観と、それを下敷きにした作品群がこれほど大きな流れになっている状況というのは、次世代の男性の予後を悪くする(男性による男性性への嫌悪を再生産する)のではという気はする。男性であることに対するコスパ意識を敏感にするというか。
http://twitter.com/aruto250/status/1386941493428903937
aruto250 2021/04/27 15:41
ただまあ、女性的表象への渇望の根本にあるのは「なんで自分は男なんかに生まれついてしまったんだ、男になんて生まれたくなかった、男で良いことなんてなかった」という、自身が男性であることへの嘆きと嫌悪なのだよな。フェミニスト女性や強者男性には全く理解されずに白眼視される感情だけれど。
http://twitter.com/aruto250/status/1386933430311555073