政治を「倒したら世の中が良くなる」と思えるパターン
政治を「倒したら世の中が良くなる」と思えるパターン
普通、誰かを倒したからと言って、政治や世の中が良くなるってことはない。
単に、リソースやインフラが欠けただけだ。
それでも、旧い歴史の中でなら、そういうパターンがなかったこともない。
1.王様
分かりやすいパターンはこれだよね。王様は庶民から税を取り立てて私腹をこやす。自分だけが贅沢なものを食べて、無駄に壮麗な宮殿に住む。その金庫を襲って、もともとは庶民が働いて納めていた富を取り戻し、分配すれば、みんな豊かになれる。
⇒ただ、現代ではそんな「富の集積する極点」があるわけではない。
⇒そもそも、いま「権力者」に見えている人達は、別に生まれながらに「権力者を演じる人達」として存在したわけではなく、法の支配の下にいた人達なわけで、神授的王権や物語に彩られた権威を打破し、理性と憲法で縛らなければならないような相手ではない。
2.無能 or お役所仕事
身分制度のせいで、優秀な人材が日の目を見ない。あるいは競争と無縁の公務員仕事のせいで、業務の効率が低くなっているという指摘。
前者はある程度そうかもしれない。ただ、戦争がない場合の国家や、急成長した業界の企業の2代目とか、そういう特異点でない限り、どっちにしてもそこまでの差は、外から見ている分にはないかもしれない。や、その無能に直接対決で負けた張本人にしてみたら、許せる気分にはならないだろうけど。
後者はいまや、残っているのかな。むしろ、公務員が減りすぎてサービスの質が日本の各所で下がっていることのほうが色々と問題を生んでいる気がする。
3.癒着・談合・閉鎖的文化
賄賂を贈り合う。そうすると、その賄賂の金額が、庶民からしたら、物理的に無駄だ。
談合したら、効率が上がらないから、イノベーティブな革命が起きない。
大相撲みたいに変な文化が横たわっていると、庶民感情とことなる運営が行われる。
これと同じような発想で、国のトップオブ政治を批判できるかっていうと難しい。
JAL再建ののときの稲盛氏とか、コロナ一年目のときのアパホテルとか、ある種の個人的人脈が窮地を救う場合ってのはたぶんあるし。いやまあ、パソナや電通や吉本はどうなんだ、本当に大丈夫なのかとは私も思うわけだが。
少し前なら、それでもそういう幻想はあった。土木や建築業界と政治家が癒着しているから、無駄な箱ものに税金がつぎ込まれるのだー、とか。自民党は伝統的に農村を地盤として表を集めてきたから、農業に手厚くて、情報産業に支援がうすいとか。
経団連が業界団体として圧力をかけていくから、労働者には不利な法体系ばかりが残ってしまうとか。
ただまあ、そういう幻想も、小泉改革以降、すでに抜け殻になってしまった。
4.
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差別、弱者、自己責任
タグ 権力者が庶民の生活を知り、庶民感情に寄り添えば社会はよくなるという、、権力者、政治家、政治的挫折
from 2021/06/01-2021/06/10