会話の中で「あ、〇〇という意見の人はブロックしますよ」と言われてしまったら
#ツイッター感想文
ツイッター内の会話の中で「あ、〇〇という意見の人はブロックしますよ」と言われてしまったら
https://twitter.com/nhk_news/status/1214821412097134593?s=21
https://twitter.com/century_reiwa/status/1214822849782800384?s=21
https://twitter.com/hk_seven_seas/status/1214829276094062597?s=21
https://twitter.com/century_reiwa/status/1214829795894161408?s=21
どーゆーこと?
NHK好きなの?
https://twitter.com/century_reiwa/status/1214830469033807873?s=21
あ、NHK系の人は🥦ね
⇒こういう会話にぶつかったら、どうすればいいだろう。
客観的に見れば「人間としての無力さを諦めつつ、無言になる」しかないのだろうけど、
やはり諦めきれない気持ちがあって、彼の蒙を啓き、多様性受容の世界へ導く方法を考えようとしてしまう。
嫌われたり怒らせたりのリスクは許容できるとしても、[ブロック]されてしまえば、その後その人の挙動を追いかけることはできなくなるし、追加の働きかけもできなくなるわけで、それなら意見までせずにモヤッとなってもらっておくことで十分と考えるしかないのかもしれない。
一般に、ツイッターでは「そんなに嫌ならブロックすればいいじゃん」というのは、(特に中程度に古参のツイッタラー、あるいは現代に適応した古参ツイッタラーの方が)肯定的に使うフレーズだと思う。
「そんなに、嫌いなものに執着していたら健康に悪いし、いきりたって敵意を辺り構わずまきちらしたら、まわりにも迷惑だ」というニュアンスだ。
でも、こうなるとこれはこれで、私の心は不安を感じてしまう。
タグ 対話、葛藤の構造、新しい対応
from 2020/1/11-2020/01/14