『天地創造デザイン部』を教養の目標として見る
アニメでもやっている、『天地創造デザイン部』を見ている。
この、知識と類推の絨毯爆撃感、「教養」として何かを知っていくことの一つの目標というかロールモデル的なものとして眺められるのかもな、なんて思ったりした。
首だけうんと長いキリンは成立しない
ユニコーンはなぜいないか
みたいな解説(理由付け)は、一定の知識がないとできない。……が、進化の系統をそのまま話しているわけではないから、知識があれば話せるというわけでもない。
それでいて、そこにタツノオトシゴをつないで一人のキャラクターに落とし込んだり、鳥と蛇、イルカとイカのバトルの盛り上がりのような、「ストーリー」という新しい「リンク」も作ってみせる。
そういう、
遠いところをつないだり、
見えていない「ありえない例」を見ることができたり
ってことは、何かの知識を得るときに、一応は目指すべき境地なのだと思う。