「大きいタスクから予定に入れる」というテーゼ
仕事や任務の予定を立てる際に、「まず、負担感の大きいタスクから、予定として時間枠に入れる」という箴言がある。
これは、「そういうものほど後回しにしがちだから」という教訓的な意味合いだけでなく、「小さな予定や、簡単な作業は隙間時間でもやることができる」という意味合いがある。
1日の仕事時間が7.5時間として、タスクA,B,C,D...の所要時間が4,2,1, 0.5... だとしたら、まず「4時間」の時間枠を確保する。
そして、[7.5 - 4 = 3.5]で3.5時間となった残り時間≒隙間時間に、次に大きい「2時間」のタスクを配置する。
これを逆にしてしまうと、合間の休憩時間にも時間が使われたり、「1時間」のタスクが開始時刻を動かさない場合には「4時間」のタスクを配置できなくなってしまう。
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私はそれほど、これが「できなくて」困ってるということはない。
その概念は理解してるし、やる気の面でも「なんとなく気が乗らない」ということはあまりなく、「難しければ難しいほど燃える」とまでは言わないけど、難しいタスクは、その分だけ危機感を煽ってくれるので、その意味ではテンションには事欠かない。
(まあ、恐怖感が大きすぎて取りかからないときや、まだ調子が出ないときに、スターターとして簡単な仕事をすることはある)
ただ、この性格やこの概念も、果たしてどうなのかと思うことはある。
常に危機感にさらされていると、あるいは「もっと〇〇が必要」という情報にさらされていると、無限に「より大きいタスク」が発生し続けて、『小さいタスク』は、永遠に出番が回ってこない。
後片付けとか。
準備とか根回しとか(まず、少し手を付けてみる)。
それらが永遠に回ってこなくなる。
といっても、「掃除」を、例えば、永遠に後回しにして置けるわけもない。いつかは、ツケを払わなければならないのだ。
やらなければならないことは分かりきっている。
でも、それらをやるためには、「自分はこれ以上の競争はしない」と、どこかで自分の可能性を見限らないとできないことになってしまう。
うーん。
カエルなタスクが好きになりたい
欲しいのは本当に褒め扱いだったのか
優先順位の逆転
24時間、「それどころじゃな」く生きていたい。
タグ 仕事術、タスク管理、生存競争、情報社会、成長神話、焦り
from 2019/12/27-2019/12/31