〇〇時代の前後
何かの現れる前と後で何が変わったか、というのが意外と語りにくい。
たとえば、スーパーマリオの発売される前と後、とかインベーダーの前と後とか。私はその前の時代を生きていない。ドラクエ の前後ですらなかなかきびしい。
リアルタイムの熱狂の実感、であればなんとか、だが。
じゃあ、「インターネットの前後」とか、「携帯電話の前後」とか、語れるんだろうか。
これが、結局なかなか難しい。
前の時代の感覚、なんてすっかり忘れてしまうというのが一つ。 もう一つは、時代だの文化だの人々の意識だのは、かなり冗長性があって、ゆっくりと、常にあちこちに例外を残しながら変わっていくから。 今この瞬間にすら、インターネットを使っていない人がいるのと同じように。
だからたとえば、
「明治は、全員とりあえずゼロになったけど、因習から解放されて、みんな上向きの希望があった時期」というのと、
「明治には、あらゆる文化が急激に破壊されて、もともと弱かった人や、古い時代に特化された役割を与えられていた人達は、あっけなく踏みつけにされた時代であった」というのは、
でもそこで、
ということだけを結論にしてしまうと、何も消化できなくなって、視座も増えないし思考も誘発されてくれない。 そこで、ある種の乱暴さがあっても、物語や法則や史観やビジョンといったものが、求められてくる。
革新性を持っていた作品が時代を下るにつれ何が凄かったのか伝わらなくなる
⇒真の意味で『革命』を起こしてしまった作品は、それ以後の時代では「読むべき本」みたいなリストからは正しく外されてほしいとか思ってしまう。