クリストファー・アレグザンダー博士論文の「再発見」と分析
本論文では,パターン・ランゲージの理論的・哲学的背景を探るために,クリストファー・アレグザンダーの博士論文時代の研究史を中心に,世界各地のアーカイブ史料の調査・収集して,それらの史料の分析を行った。その結果,以下の新事実が明らかになった。(1)アレグザンダーは1959年8月には,コンピュータを利用したデザインを開始していた。(2)『コミュニティとプライバシイ』のコンピュータを利用したデザイン・プロセスを執筆したのはアレグザンダーである。(3)アレグザンダーは1960年末に博士論文を一度提出している。その後,審査委員をジェローム・ブルーナーに変更して,1962年11月に最終的に提出している。(4)アレグザンダーが使用したMITのコンピュータは,1960年9月にはIBM704からIBM709に,1962年1月にはIBM7090に変更された。(5)アレグザンダーはベイエリア高速鉄道の駅を「セミラティス構造」でデザインを行う予定だった。このプロジェクト自体は未完であったが,UCバークレーの学生達が,同様の手法でデザインを行っていた。これらのことから,アレグザンダーが提案したコンピュータを利用したデザイン手法・理論を,Type1(オーバラップ構造),Type2(ツリー構造),Type3(セミラティス構造)の3つに分類した。 本論文では,パターン・ランゲージを,都市や建築を生み出す生成システム「パターン・ランゲージ・システム」として捉え,生成システムとしての「要素」と「構造」に着目して,その起源と理論的背景を分析した。その結果,パターン・ランゲージ・システムは,コンピュータを利用した生成システム(「ダイアグラム・オーバーラップ・システム」「ダイアグラム・ツリー・システム」「ダイアグラム・セミラティス・システム」)から誕生してきたことが明らかになった。筆者は,アーカイブ史料の分析から,コンピュータを利用した生成システムの起源が『コミュニティとプライバシイ』にあることと,その時期を明らかにした。同時に,それぞれの生成システムの理論的背景も,以下のように明らかにした(1)主に『コミュニティとプライバシイ』で提案されている「ダイアグラム・オーバーラップ・システム」は,ロス・アシュビー『頭脳への設計』のシステム理論に基づいている可能性が高い。(2)『形の合成に関するノート』で提案されている「ダイアグラム・ツリー・システム」は,ジョージ・ミラー他『プランと行動の構造』のシステム理論に基づいている。(3)『都市はツリーではない』と『形の理論と合成』で提案されている「ダイアグラム・セミラティス・システム」は,アレグザンダー独自のシステム理論である。 本論文では,コンピュータを利用した生成システムと,「パターン・ランゲージ・システム」との比較分析から,その違いが,システム理論の違いだけでは説明しきれない,もっと大きな哲学的背景・立場が変化したことにあることを明らかにした。その哲学的背景の違いの象徴となるのが,『オレゴン大学の実験』で提案された「ピースミール的成長」という概念である。パタン・ランゲージと『時を超えた建設の道』には参考文献と脚注がないために,これまでは,その哲学的背景を探ることは困難であった。筆者は,『オレゴン大学の実験』にある唯一の脚注とその中の参考文献を手がかりに,ウォーバーグ研究所アーカイブのゴンブリッチ史料,および,スタンフォード大学フーバー研究所アーカイブのポパー史料の分析から,この「ピースミール的成長」という概念が,カール・ポパーの「ピースミール社会工学」に由来することを明らかにした。このことから,パターン・ランゲージの哲学は,ポパー哲学の「最小不幸原理」である,と筆者は結論づけた。