24年11月 日記
月報。今見たら後半参っててウケる。
>それでこの機会に映像を再考しているのですが、モニターを風景や植物と同じように見る近未来社会では映像作家(というかモニターでなにかする人全員)は自然を作る存在と一致するわけで、オルテガの大衆の反逆ではないですけど、野蛮人の世代の中で技術者の位置からあくまでも自然的行為として自然を作りたいです。
でもそれとは別の欲で、結局(人間とデジタルはそのうち不可分になるので)それを観測する側になるときに、もっとしなやかな応答もしたくて…
ひとまず現状では、自分がスイッチを入れた機械の作るモノが、最も私の欲に似合ったもののように感じます。そしてスイッチを作る自由度が最も高いモノ達と共通する一番大きな集合が、たまたま映像であるというだけです。
そんなことはなく、最も自由度の高いものは絵です。時間軸に目を瞑れば。
アニメーションは時間のある絵ではあるが、連続的でないと成立しないため、映像になります。
漫画は、漫画は…… 漫画ですか?
昔の友だちと通話した。
はっきり言ってSavethecatとか映画論におけるストーリーの技法は分類的視点すぎて実用ではない
もちろん映画を作るなら結構実用だろうけど、ストーリー全体に一般化できるほど強くない
連載漫画でのストーリーの考え方はかなり幅広く応用できる気がする。
計算機自然神社の遷座式
仕事取りすぎた。やばいよ〜
マイクラ企画に応募してみた。
嫌な夢を見た。
新しい技術は謂れのない忌避に晒され、その忌避は時としてその技術を使った人間に強くぶつかる。
もし世界初のカメラマンが、世界中で魂の盗人と呼ばれるようになったら #ストーリー案 3次元マッピングカメラを使った収録中に、そのカメラを使った大規模なセクハラ事件が起こった。この時深度カメラの社会的位置は?
削除
結論
同一性保持権に係るAI学習への対処には拒否する。
AI学習への忌避の有無を問わず、モラルへの対処のための著作・著作隣接権侵害は、問題対処の構図の観点から矛盾である。
その上で契約に盛り込まれる場合は、その作業料を必要とする。
経済的理由による著作・著作隣接権の譲渡・不行使はこれまでと同様に譲渡料金をもって受諾する。
友人の発信した話題に対して雑談の範疇で議論するが、その外側に非難を持ち込まない。
コミュニティ内の会話においても雑談の範疇で議論する。
ただしその会話が感情的な慰みを目的としている場合を除く。
予想では、著作権侵害の訴訟の結果が拡大解釈されるなどして、関わるクライアント単位の価値観がAI画像生成ツールの利用の消極的肯定または肯定にシフトするとみられる。水面下においてAIのツール習得を続ける。
契約書及び制作要件からAI画像生成の禁止の項目が"明確に"削除され次第、利用を開始する。
もちろん、AI画像生成を使うに値する意味を必要とするのは言うまでもない。単なる時短道具、他のクリエイターの代替ではなく、巨大な配列の組み込まれた高レベルなジェネレティブノイズ計算装置としてのポテンシャルを、どう表現に使うのかが重要である。
クリエイティブを協同するものとして、抑圧ではなく表現の自由、相互干渉による発展と加速を目指す方が増えてくれることを祈る。
ごくごく当たり前過ぎて↑をわざわざ共有するほどとは思えなくなってきた。別にそういう話をしていない人とはただのシャドーボクシングだし。
AIは所感大して面白い出力をしてくれないイメージが有り、
自分で生成したもの以外にも本人がうまく出力できたと考えていそうな巷にあるAI出力の例を観ても、
Wikipediaに乗ってそうなことしか言わないな、とかpixivでよく見る絵ばかりだな、と思っていたが、
よく考えると人類の平均を取ったデータベースなんだから人間からの評価も50で二分されるのは当然だなと思った。
今日はSFの設定が理論上可能か聞こうと思ったが定数をちゃんと見つけてくれなかった。惑星の大気組成と高度と圧力を連ねてくれないので、どこから人間が宇宙服一枚で生存可能かをしっかり測れない。まあカッシーニとかのデータをちゃんと見ろということだが、こういう細々した作業をこそAIに任せたいのだが。
コミティアに行ったことを書いていなかった。
人生初のコミティアだったが、確かに何の後悔も持ち得ずに人生を賭けるだろう人々が大挙していると再確認した。
同時に変な人も多かった。世の中の大半の変な人は承認欲求か性的欲求の解消を目的にしているが、そうでない変な変な人たちだった
(ちなみに普通の変な人たちにはコミケで出会えます)
一次創作ってすごい。
しかしここで何か新規性とか有意なことを思いつけるとは思えない。
コミケと比較して小さいコミューンが乱立していて、連絡橋はTwitterにしかなかった。その場に立つだけで人に見られる訳ではない。隣接サークルのお零れは無い。
知り合いはなぜかいっぱいいた。一次創作というとキャラクリエイトのイメージが強いが、その外側は意外と自分に近い。
総じて思ったより特異な空間ではなく、次も売り子なりサー主なりしたくなった。売り物がないことを除き。
かなり一次創作しているだろという性格と見た目をしているが、現在進行で創作らしいことに本腰を入れていないのは、単に承認欲求が優先してコスパのいいメディウムに逃げているからです。
承認欲求というのも少し違って、評価は充分得ているのですが、自己満足できる水準まで進める行為は既にやり切ってしまい、今まで無視していた人間関係空間での達成にシフトしたというだけで、これもやり切った気分になり、ではその次に人生を賭けるものは何か探しています。長々と書きましたがシンプルに飽き性って言えば良い。
いかに飽きる前にゴールできるかが鍵ですね。半年ぐらいで一次創作がバズって毎回500いいねぐらいつけば飽きないと思う。
今のインターネットの好き信仰が早く冷めないかなって思ってます。好きってそんなに神聖でもないし狂ってもないです。
ちなみに二次創作も停滞気味な理由は、普通に忙しいからです。映像の進展がなんか変なことになっているのでおもしろい。
ただ、まあ、正直やることやったし全体的には飽きてる。ぶっちゃけ心の底から嬉しい表現を見なくなって久しいし、皆も自分も新しい映像を作らなくなったから、あとは商業空間又は中間消費層の趣味として線形に発展していくだけだと思う。
その打破としての行動はする。
奇しくも遠未来での持続のために人類がどう扱われるのかをそれぞれ見た。
ほとんど快楽主義以外に長生きする意味を見出していないし進化論の曲解もしていなかったが、可逆のための保存として、とりあえず成長する1個体が存在してくれるメリットを把握できた気がする。生存する目的が一つ増えました。
知的好奇心を満たすためではない成長する理由をわかりやすく書いてくれて有難いね
Y2KもVHSノイズも良くない。懐かしくしちゃ駄目だ。そこに立って現在進行系のつもりにならなくてはいけない。
「芸術は表現の出発時点をどの位置にしても良く、技術的な成約以外において共時的だ。」
新しい土地が存在した場合、
「両区間の海岸線からの「等距離線」で区分される地積と、
ライフラインや交通が通っているかを参考に、
「同一用途同一自治体」の原則を元に調停案を出し、
不服な場合「防波堤の利用状況」等を裁判所が判断し判決する。
埋立地のような単純な人工島だからいいけど、仮にフィクションにあるような魔法の島が突如発生したら確実にもっと裁判が長引いて、帰属問題を舞台とした一つのストーリーになりうる。 #ストーリー案 久々に都内でタクシーに乗った。7000円。たけーー
皇居の道路から西側を見るとかなりAKIRA。
シャノンさんのマイクラ企画に入ってみた。たのしみです。
VCR GTA3も始まったので忙しくなるぞー