小川さやか『「その日暮らし」の人類学』
トム・ルッツ『働かない』
いつまでもカウチから起き上がってこない息子になぜ憤りを抱いてしまうのかを理解するため、18世紀から現在までの怠け者の肖像・主張と彼らへの批判や怠け者表象をめぐる消費の歴史をたどる
怠け者を賛美しながら多忙な人、働き者を賛美しながら怠ける人がいる
多忙と怠け者は矛盾しない
怠け者に憤りを感じつつ憧れているという単純な事実
日本やアメリカのような社会では、明日のため、未来のために、いまを手段化したり、犠牲にしたり、ということを徹底的にやっている
いい学校、いい就職、いい老後のためには今を楽しむ暇はない
いまを犠牲にして効率をあげることが進歩という考え方
Living for Today
未来優位、技術や知識の蓄積にもとづく生産主義的・発展主義的な人間観に問いを投げかける
不均質な時の流れにおいて、機が熟するのを辛抱強く待ち、熟した好機を的確に捉える
その日暮らしを前提として組み立てられた経済が、必ずしも現行の資本主義とは相いれないものではない
主流派の経済システムを脅かすもう一つの資本主義として台頭している
インフォーマル経済
地下経済
国家や企業によるあらゆる規制を回避し、騙しや詐欺もふくめた自由取引
より徹底的な新自由主義
コピー品や模造品はブランド企業の知的財産権を脅かしているが、それまで活躍の場がなかったアマチュアやオタクの創造力や社会ネットワークの力を解放する場ともなっている
下からのグローバル化
グローバルな流行や技術にアクセスできなかった発展途上国の貧困層の物質的な豊かさを部分的にではあれ実現している
主流派経済に向けられるべき不満を自力で解消し、主流派経済を存続させる役割を担っている
ピダハン
ダニエル・L・エヴェレット
ピダハンとの暮らしを経て無神論者に
芸術作品、道具類もほぼ作らない
物を加工することがあっても、長くもたせる手間はかけない
保存食もつくらず、食べられる時に食べ、何日も食べない時もある
熟睡せず1日何度も転寝する
儀礼もない
創作神話も口頭伝承もない
曽父母やいとこの概念もない
ありがとうやこんにちはなどの「交感的言語」、右左の概念、数の概念も色の概念もない
発話者自身、ないし発話者と同時期に生存してきた第三者によって直に体験された事柄に関する断言のみが言語に含まれる
チョムスキー以来の言語学を根底から揺るがす
再帰性を特徴づける文法能力は普遍的ではなかった
過去や未来、伝説や空想に言及しないし、そもそも関心を示さない
石器時代の経済学
マーシャル・サーリンズ
「狩猟採集民は食糧の獲得に必死で飢えに苦しんでいる」という伝統的な未開社会理解を打ち崩した
農耕民や現代人より労働時間は短く、余暇を楽しむ
ものを持たないゆえに貧困ではなく、ものを持たないからこそ貧困ではなかった
数多くの人類学者が所有の問題を再考した結果、狩猟採集民は所有意識を持たないのではなく、個人の狩りの技量や捕獲量の差により不平等が発生し、特定個人が威信を持たないようにする実践をおこなっていることが明らかにされていく
トングウェ人
最少生計努力
集落の住民が食べられるだけの食糧しか生産しない
食物の平均化
集落を訪れる客人をもてなすために生産した食糧の40%近くを分け与える
生産と消費の均衡が崩れたら近隣の集落に食物を乞う
集落間の生産量の不均衡が縮小する
分け与えるに反する行為は妬みやうらみの対象となる
ほかの人と比べて損をしないよう「いかに努力をしないか」を競って最小限の努力でギリギリの生計を維持しようとする社会
仕事をしてもしなくても給料が変わらない仕事場
情の経済
アフリカ諸国の発展を阻む要因
利他的な道徳的傾向性として再解釈
筆者はそのような解釈、世界観に魅力を感じなかった
共同体すべての人々の生存が保障されようと、自然との共存が可能であろうと、時間的余裕があろうと、生きづらい社会に思えた
嫉妬やうらみは「富」に起因するのではないかとも考えた
零細商人マチンガ
タンザニア北西部の都市ムワンザ
「仕事は仕事」
個人単位の生計多様化
一つの仕事で失敗しても何かで食いつなぐ
世帯単位の生活多様化
家族の誰かが失敗しても、家族の誰かの稼ぎで食いつなぐ
タンザニアの都市住民にとって事業のアイディアとは、自己と自身が置かれた状況を目的的・継続的に改変して実現させるものというより、出来事・状況とが、その時点でのみずからの資質や物質的・人的な資源に基づく働きかけと偶然に合致することで現実化するもの
チョンキンマンション
約束を守ろうとする人が信頼できる人ではなく、騙しを含む実践知によりそれぞれの局面をうまく切り抜け、結果としてそのときに約束を守れた人が信頼できる人
借りを回す仕組み
彼らは国家の社会保障制度がないから、自前の互助ネットワークに依存してきたわけではない
事態は逆であり、彼らは自前の優れた互助のネットワークがあったから、税金や営業許可料の支払いを無視しつづけインフォーマルであることができ、政府に社会保障の充実を過度に期待しなかった