小説
小説
小学生のとき、ラノベにハマり年間相当な冊数を読んでいたが、そこから文学に流れることはなかった。
おそらく小学生のときに文学で通読したのは人間失格と京極夏彦のルーガルーくらいじゃないか?いずれも友人の勧めという外圧があったのが大きかった。
『ルー=ガルー ― 忌避すべき狼』は何か百合要素があり、ラノベみたいだったから読めた。ここから京極夏彦にハマっていればまた別の道が開けていたろうに。(今からハマるべきでは) ゾロリしか読まないキッズ問題と似ているな。
小学生で本好きな子が読んでそうな本をあまり通っていないコンプ。今から読むか。
里見八犬伝とか
ハリーポッター
この「読むべき本」の固定観念の偏狭さ自体が問題ということは十分あり得る
しかし実際におもしろい本だろうから、単におもしろいコンテンツを逃したという意味での読みたさも大きい
青い鳥文庫などの児童文庫はラノベとして考えている。
その後の中学でも主にはラノベっぽい桜庭一樹等を読んでいた。しかし、いつの間にか普通の小説も楽しめるようになっているので、なんだかんだ文字を読んでいたのが良かったのかも。 桜庭一樹の中でも『私の男』は結構正統派な小説というかグロくて若干引いた。ラノベと対極のまじめさを感じた。 今思うのは、探索範囲の偏りによって読めばおもしろい小説を読む機会を逃していたのが惜しい。ラノベが悪いのではなく。
右の子が左の子の血を吸うシーンがある。全体的に尊い←こういう理由でラノベばっか読んでたので知性はない。
趣味ってこういうものだな。小説を読む理由も突き詰めたらこんな感じになりそう。
小説は自分で劇を想像するという作業があるので印象的なシーンは意外にも頭に残りやすい
脳内なのである程度自分好みのセッティングができるのもある
アニメだと絵がすぐに古くなってしまうが小説だと脳内で今風のビジュアルに変換できるところも良い