多様性帯域幅トレードオフ理論
diversity-bandwidth tradeoff theory
〈橋渡し〉に富んでいるほどネットワークの「多様性」は高まりますが、逆に〈結束〉に富んでいる方が「帯域幅」は広がることが確認されました。これが「多様性-帯域幅トレードオフ理論」と呼ばれる所以です。
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スタンフォード大学の経営学者モルテン・ハンセンは、「組織内で情報を伝播させるときには、たしかに『弱いつながり』は鍵を握る要素とはなるが、複雑な情報を伝達するには『強いつながり』が必要になる」ことを示唆しています(Hansen 1999)。「強いつながり」の方が、相互のコミュニケーションが活発になるため、複雑な知識を伝達しやすくなると主張します。
さらに、MITの経営学者レイ・リーガンスとトロント大学の社会学者ビル・マケビリーらは、知識の伝達においても〈結束〉のネットワーク構造の方が有利になることを実証しています。中編でも解説した通り、〈結束〉の構造は協調的な規範を育み、個人が時間・エネルギー・知識を相手と分かち合う意欲や動機を増やすためです(Reagans and McEvily 2003)。
あるいは、アメリカの社会心理学者、ダニエル・ウェグナーが提示した「交換記憶(transactive memory)」(Wegner 1987)も、帯域幅への影響を想定できます。交換記憶とは、メンバー間の過去のやり取りにもとづき、「誰がどのような知識をもっているか」について組織内で共有された記憶です。緊密なネットワークをもつ集団は交換記憶が濃いので、誰がどういう情報を欲しているか、あるいは誰にどのような情報について尋ねればいいかが容易に分かります。それだけ接触の数は増えて、帯域幅が広くなるのです。
最適なネットワーク構造を決める3つの情報
「多様性-帯域幅トレードオフ理論」では、新情報の流通という観点から最適なネットワーク構造を決めるのは、組織の情報環境のうち、「(メンバーが保有する)情報の重複度」「トピック空間」「リフレッシュレート」の3つであるとされています。
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・情報の重複度
情報の重複度とは、それぞれのメンバーが保有する情報のあいだに、どれほどの重複があるかを示します。グラノヴェッターの「弱いつながりの強さ」、および後続の研究では、「もしクラスタが異なれば、流れている情報も異なる」という大前提がありました。しかし、それをアラルらは覆し、「異なるクラスタ間でも同様の情報が共有されている状況だってあり得る」と主張します。そのような状況下では、情報量の限られる〈橋渡し〉のネットワークよりも、帯域幅の広い〈結束〉のネットワークの方が、新情報は得やすいのです。
・トピック空間
トピック空間とは、つながりのあいだを流れる情報の種類のことを指します。例えば、「人事」と「経理」の話題が含まれるメールよりも、「人事」と「ペット」と「近隣のお薦めの飲食店」の話題が含まれるメールのほうが、トピック空間は増大します。一度に伝えるトピック空間が大きい場合、帯域幅の広い〈結束〉の方が、総量としての情報の重複は減り、より価値のある情報を入手できることが想定されます。
・リフレッシュレート
従来のネットワーク理論では、情報を静的なものとして捉えており、変化することはあまり考慮されていませんでした。しかし、アラルらは「リフレッシュレート」という概念を使い、価値を生む情報が変化する期間が短いほど、帯域幅の広いネットワークの方が有利に働くことを主張しています。つまり、情報の変化が激しい環境では、〈結束〉の方がより多くの新情報を入手できるということです。
出典
論文
Aral, S., & Van Alstyne, M. (2011). The diversity-bandwidth trade-off. American Journal of Sociology, 117(1), 90-171.