動機付けられた認知(motivated perception)
動機付けられた認知(motivated perception)
まだ負けていない、もう少しで当たるを演出したもの。
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極めてレアなアイテムは2つまでは並ぶが多くの場合当たらない。
いくらでも都合よく作れるVRと違って、現実の世界では、時折「当たり」を挟みながら基本的には「ハズレ」が続く。ゲームをやれば負けることもあるし、むしろ勝ちっぱなしのゲームなど面白くない。
当たり自体が大事なのではなく、直前のハズレから変化が起きて当たりになったという体験が、人の気持ちをわきたたせるのである。
どんなギャンブルであれ、結果が明らかになるコンマ数秒前に、おそらく人の心は最高潮に達している。テンションがマックスになり、当たりを目にしようと前のめりになるタイミングだ。
エミリー・バルセティスとデイヴィッド・ダニングという心理学者が、2006年に行った実に巧みな実験で、ギャンブルの結果が出る瞬間の人間の心理状態を調べている*14。実験では、被験者となったコーネル大学の大学生に対し、これは飲み物の味覚テストだと説明した。一部のラッキーな被験者には絞りたてのオレンジジュースを出すが、その他の被験者には「どろどろした塊が浮いている、緑色で腐臭がするねばついた飲料に、『有機野菜スムージー』とラベルを貼ったもの」を出す。
先に被験者に両方を観察させて、どちらかがランダムに割り当てられると告げた。選ぶのはコンピューターだ。おいしいオレンジジュースが割り当てられたときは、コンピューターの画面に数字が出る。どろどろの液体の場合は、画面に文字が出る。ただし被験者の半分には、数字と文字を逆にして説明した。
被験者はコンピューターの前に座って、結果が出るのを待つ。スロットマシンで当たりが出るのを待つギャンブラーと同じだ。数秒後、画面にこんな図形が表示される。
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これを見た被験者の86%が喜んだ。「コンピューターが当たりを出してくれた!」と思ったのだ。
読者はお気づきと思うが、この図形は数字でも文字でもなく、それでいて数字の13にもアルファベットのBにも見える曖昧な形になっている。被験者が、自分が望む結果を見たいと強く思ったために、結果が出た瞬間の彼らの脳は、この曖昧な図形を都合よく解釈したのである。数字が出ればおいしいオレンジジュースが飲めると思っていた被験者には、「13」が見えた。そして文字が出ればオレンジジュースが飲めると思っていた被験者には、「B」が見えた。この現象は「動機付けられた認知(motivated perception)」と言って、どんなときでも自動的に起きている。ふだんは表に出てこないが、バルセティスらはそれを見事にあぶり出してみせたのである。
依存症という観点から、この「動機付けられた認知」が重要なキーワードである理由は、これが負のフィードバックに対する認知を形成してしまうからだ。
ゴールドヒルが語ったギャンブラーのエピソードにも表れているとおり、人はずっと当たりつづけるのをいやがるが、それ以上にハズレつづけるのをいやがる。ギャンブルにハズレつづけ、ゲームに負けつづけ、インスタグラムで思ったような反応が得られないでいるときに、もし世界を正しく認識できているならば、賭けは本来ハズレが多いものだと理解できるはずだ。「ハズレが続いてるってことは、大当たりが近づいてるサイン」などと都合よく解釈せず、またハズレが来る確率が高いと予期できるし、画面に出てきたのが文字でも数字でもない図形であることもきちんとわかるだろう。
しかし彼らはその認識ができなくなっている。「勝ちたい、当たりたい」という動機によって認知が歪んでいるからだ。しかもタチの悪いことに、ゲームやギャンブルの多くは「当たりに近づいている」「あとちょっと」というメッセージをほのめかし、プレイヤーの希望をあおる設計になっている。アニメ『ザ・シンプソンズ』シーズン1第10話で、一家の父であるホーマーが、コンビニ「クイックEマート」で、店主のアプーからスクラッチくじを買う場面がある*15。
ホーマー:ドーナツ1個、それとスクラッチ・ン・ウィン1枚。
(アプーがホーマーにスクラッチくじを渡す。ホーマーはその場で3マスのうち1マスを削りはじめる)
ホーマー:おっ、自由の鐘が出たぞ。
(2個目のマスも削る)
ホーマー:また自由の鐘だ! あと1個で大富豪だな。よーし、来い、自由の鐘、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む!
(3マス目を削ると、果実のイラストが出てくる)
ホーマー:おわっ、プラムじゃないか。なんで昨日出てくれないんだ。
毎週何百万人もの人が、スクラッチくじを買っては、ホーマーと同じがっかり感を味わっている。前日のホーマーはプラムが2個そろって「あとちょっとで当たり」だった。そしてこの日も自由の鐘が2個そろって、「あとちょっとで当たり」だった。翌日も、その翌日も、彼はきっとスクラッチくじを買う。
なぜなら彼はまだ負けていないから——「あとちょっとで当たり」と思っているからだ。