より良い判断をナッジする
シカゴ大学の経済学者リチャード・セイラーと、ハーバード大学の法学者キャス・サンスティーンは「リバタリアン・パターナリズム(緩やかな介入主義)」という思想を提唱している。
教訓② 意思決定のための単純なルールを作る
リバタリアン・パターナリズムの創始者の一人であるリチャード・セイラーは、金融に関する意思決定について深く考察している。そして金融に関する話題を消費者に深く理解させる試みは成功しない可能性が高い、と認める。金融の世界はあまりに複雑で、消費者の能力はあまりに限られている。だから消費者を教育しようとするのではなく、知識がなくても、また手間をかけなくても使うことのできる、有効性の高い単純なルールを作るほうがいいと主張する( 13)。たとえば「401kプラン(企業年金制度)の掛け金はできるだけ多くする」「収入の一五%は貯蓄にまわす」「五〇歳以上ならば住宅ローンは期間一五年を選ぶ」といったものだ。
教訓③ ジャスト・イン・タイム教育
もう一つ、妙案がある。コロラド大学の「消費者による金融意思決定研究センター」ディレクターであるジョン・G・リンチ・ジュニアは、「ジャスト・イン・タイム金融教育」なるものを提唱している。消費者にちょうど必要とするときに情報を与えよう、という発想だ。高校の授業で借金や貯蓄に関する基礎知識を教えても、それほど役に立たない。本書で見てきたとおり、私たちは詳細な情報を覚えるのが得意ではない。高校生たちが重大な金融に関する意思決定をする頃には、複利の威力や資産の分散投資のメリットなどはすっかり忘れられているだろう。消費者が金融知識を必要とする直前に教育すれば、情報は頭にしっかり残っており、学んだ内容を実践する機会もある。そうすれば知識が定着する可能性も高い。
教訓④ 自分の理解度を確認する
ここまで挙げてきた教訓は、いずれも社会が個人のためにできることだ。では個人は自分のために何ができるだろう。出発点となりうるのは、説明嫌いの傾向があることを自覚することだ。あらゆる意思決定に際して細かな情報をすべて理解するのは現実的ではないが、少なくとも自らの理解に欠落があることを認識しておくのは有益である。そうすればそれなりに重要な意思決定を迫られたとき、後になって悔やむような決断をする前にいったん立ち止まり、情報を集めるかもしれない。
金融業界においては、自分が何を知らないかを知っていることが、投資家としての成功をもたらす場合もある。これはヘッジファンドのブリッジウォーター・アソシエイツの創業者で、最高投資責任者の一人であるレイ・ダリオのアドバイスだ。「私が成功した理由は、知らないことへの対処方法にある。私は自分の考えのどこが誤っているかを考える。反論してくれる人間に会うと、嬉しくなる。物事を彼らの視点から見て、これは正しいのか、間違っているのかと考えることができるからだ。このような学習経験によって知識が深まり、より良い意思決定につながる。このように、知っていることより、知らないことに対処することのほうが大切なのだ(14)」
出典