分人主義
すべての間違いの元は、唯一無二の「本当の自分」という神話である。
そこで、こう考えてみよう。たった一つの「本当の自分」など存在しない。裏返して言うならば、対人関係ごとに見せる複数の顔が、すべて「本当の自分」である。
「個人(individual)」という言葉の語源は、「分けられない」という意味だと冒頭で書いた。本書では、以上のような問題を考えるために、「分人(dividual)」という新しい単位を導入する。否定の接頭辞 in を取ってしまい、人間を「分けられる」存在と見なすのである。
分人とは、対人関係ごとの様々な自分のことである。恋人との分人、両親との分人、職場での分人、趣味の仲間との分人、……それらは、必ずしも同じではない。
分人は、相手との反復的なコミュニケーションを通じて、自分の中に形成されてゆく、パターンとしての人格である。必ずしも直接会う人だけでなく、ネットでのみ交流する人も含まれるし、小説や音楽といった芸術、自然の風景など、人間以外の対象や環境も分人化を促す要因となり得る。
一人の人間は、複数の分人のネットワークであり、そこには「本当の自分」という中心はない。