高円寺
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高円寺と言えばこの人。掟ポルシェ。
高円寺・阿佐ヶ谷は1970〜1980年にそこを根城にした者達が次の世代に培った文化を譲る事失敗した──と言うより譲らぬまま居座ってしまった。だから現在は「今でも若いと自分自身で思い込んでる高齢者だけが残るエリア」になっている。https://x.com/kdcl_ohmichi/status/1858286379966374287
高円寺、恐ろしいことにこれはおそらく事実で、そしてもっと恐ろしいことにここ10年くらいで古着目当ての若い子と外国人が急速に流入して酒と化学反応を起こし、結果として若い子と外国人と俺らジジイが駅前のロータリーで70年代文化のようなことをやっている、誰にも理解不能な街になりつつある。https://x.com/araichuu/status/1858542498077188320?s=46
1つ目の投稿は高円寺や阿佐ヶ谷に対する批判的な内容なのだが、それを引用した2つ目の投稿は「恐ろしいことにこれはおそらく事実で」と高円寺批判を正しく受け入れているように見せて、文中で「今でも若いと自分自身で思い込んでる高齢者」【だけ】ではなく「古着目当ての若い子と外国人」もいると1つ目の投稿を巧妙に否定している。
そしてそのわけのわからない「化学反応」や、「誰にも理解不能」性こそが高円寺であり、その場所の名に託した「今でも若いと自分自身で思い込んでる高齢者」≒サブカルチャ―人間のアイデンティティーだったりするのだから「高円寺は今も昔も高円寺」「何も変わりない、今まで通りこれからも誰にも理解不能なまち」ということになっている。
自分は東京を離れてもう20年近く経つ、高円寺に最後に行ったの、無力無善寺に15年前に出演したのが最後くらいなので、この高円寺理解が正しいかどうかわからない。若い人の高円寺に対するイメージや、駅前ロータリーでそんな感じで今も楽しく飲めるのか試してみたい。
20年近くぶりに高円寺来た。高円寺=カレーとサブカルみたいなイメージだったが、今はやたらイタリアンのお店が多く、人気も博していた。昔は「サブカル」だったが、今はとにかくジェンダーレス。千葉県旭市にいるとほぼ絶対に見ないようなジェンダーレスな服装の人たちをたくさん見る。時代は変わるし街も変わる。でもなんだろう。変わってるのに、何も変わらない「そういうことなんだよ」みたいなものが高円寺にはある気がする。2025/3/1