電話
その日、ドンシエールでは残念ながら奇蹟はおこらなかった。私が郵便局に着いたとき、祖母がすでに私を呼び出したあとだった。私がボックスに入ると、線はつながっていて、だれかが話してはいるものの、きっと答える相手がいないのを知らないだろう、受話器を私のほうにひき寄せると、その木切れはポリシネルの人形のようにしゃべり始めた。私はそれを元の位置に遠ざけて、指人形芝居でやるようにそれを黙らせた。ところがそれはポリシネルと同じで、私のほうにひき寄せられると再びぺらぺらとしゃべりだす。万策尽きた私は、これが最後とばかり受話器をがちゃんと置いて、音の出る木筒の痙攣にとどめを刺そうとしたが、それはいまわの際までわめきつづけた。係員を呼びに行くと、その係員はしばらくお待ちくださいと言う。そして私が話しはじめると、しばしの沈黙のあと、いきなりあの声が聞こえてきた。その声を私がよく知っていると思っていたのは間違いで、それまでの私は祖母から話しかけられるたびにその発言を祖母の顔という目が重要な位置を占める開かれた譜面上でたどっていたにすぎず、祖母の声そのものを聴くのは今日がはじめてだったのである。おまけに、声が全体を占め、そんなふうに声だけが顔の目鼻立ちを伴わずに到着したとたん、その声がふだんの釣り合いを一変をさせたように感じられたせいか、私はその声がいかにも優しいことを発見した。そもそも祖母の声がこれほど優しいものになったことはなかったのかもしれない。というのも祖母は、私が遠く離れてさびしい気持でいるのを察して、愛情をあふれ出させてもいいと判断したからで、ふだんは教育者としての「原則」を守ってそんな愛情を内に秘めていたのである。その声は優しかったが、また、なんと悲しい声だったことか。失われた時を求めて 5巻 pp.292-3