安野たかひろ
https://gyazo.com/b2f9b2c124fae7bb75a39c23f82c5a91
安野陣営の訴えかけ、戦略、すなわち【政局への挑み方】は極めてシンプル。「政局より政策」だ。もう誰を下げるとか相手を貶めるとか。そういうの疲れるしやめてくれ。ちゃんと「内容」で勝負してくれ。そういう層に対して、この一見まともなアピールで存在感を出している。 安野たかひろさんの良いところは、後ろ向きな話題をしないところ。他の人が言いそうな / 不正を暴くとか、許せないとか、そういうのはもう聞くだけで疲れる。具体的に前に進む方法を考えてくれそうで好ましい。 (私はこういう意見を目にするたび疲れて心折れるよ......)
これは「野党は批判ばっかり」の言い換えでしかなかったりする。
moriteppei.icon 安野候補いいよね。頭がいいし、「政治思想色がない」し、投票したら自分が賢いと思えるし、「選挙で特定の色にコミットさせられるのは嫌だしバカと思われるのも嫌」だという「大人」にピッタリの選択肢。 安野の妻の応援演説も「夫は信用できる人間だが、一点不安なのは、ケンカしたところを見たことがないこと。果たしてそれで政治家が務まるのか。でも、人が集まってる。新しいタイプの政治家なのではないか」という内容だし、インフルエンサーのけんすうも「政局よりも政策で安野たかひろがいいかなーと思ってます」などと言っている。つまり、これは明確にそういう戦略で動いている。 演説上手と評判(安野氏曰く「謎のプロ感」)の安野さんの妻のりなさん。
(いやマジで区議ですとか言われたら信じる…)
噂の演説が生で聞けるチャンスは明日だけ!
リンク先で動画が見れるので見てほしい
私も安野の政策の多くを魅力的に感じる。非常に有能な人なのだと確信してる。本当はこういう人に政治家になってほしいとすら思う。誰も小池に勝てる候補者が見当たらなければ(そして都民であれば)安野に1票を投じていただろう。
けれども、この局面は本当は「政局こそが大事」な局面なのである。残念ながら安野がいくら素晴らしくても今の段階では万が一にも当選することはない。支持者もほとんどはそれがわかってる。わかってるが、それでも安野を選ぶ。「政局に市民は飽き飽きしている。政策で勝負をしてほしい」という意思表示だと思って。
でも、政局はいくら嫌っても政治に付き物で、この局面で政局を投げ出すのは「一人現職に有利」なだけ。つまり安野を支持したところで「小池という政局中心政治の温存にしかならない」。安野支持者はだから「蓮舫に入れても勝てないでしょ」と最初から思ってる人と相当かぶってるんじゃないかと思う。
確かに政局だらけの政治はうんざりする。でも、小池百合子が再選するなら「これまで通り」なのである。そして「小池をやめる」選択肢として現状唯一の現実的な選択肢が蓮舫しかない。それでも「政局より政策」を選んでしまうことは「政局温存」、すなわち安野たかひろを選んでしまうことは政局の温存でしかない。 安野支持者たちがたとえば一番嫌う行動は公職選挙法スレスレの一人街宣や、小池都知事の演説中に反対を叫ぶカウンターだろう。どちらもおそらくは蓮舫支持者たちと大きくかぶっていると思われる。自分の周囲には蓮舫支持者ばかりである。タイムラインも「期日前投票、蓮舫にしてきました」と言っている人たちばかり。でも、これもまた驚くことなのだが、それほど今回の都知事選に意識が高く、投票を呼びかけ、具体的にアクションしている人(選挙のボランティアをしている人)でも、安野候補のことは全然知らない。「自分は暇空や石丸よりもある意味安野支持者が気になる」と言っても、自分が知ってる蓮舫支持者、ほとんどが「安野?」「......誰だっけ」って感じ。知らない。文字通り「眼中にない」のである。本当は安野支持者のような人たちにこそ「このままじゃダメだ」、すなわち現職を引き摺り下ろす決定をしてもらわなければならないのに。
また、安野たかひろの公約を見てみると、気づくことがある。そこから「思想色」が完全に払拭されていることだ。わかりやすいのは朝鮮人虐殺の追悼文についてである。小池百合子に対して、主に蓮舫支持者が強く反対しているのは、小池が追悼文を送らなかったことなのだが、安野のマニフェストには「では追悼文はどうするか」といったことはまったく書かれていない。
安野支持者は政局も嫌うが、思想も嫌う。思想は、もういい。テクノロジーで、テクノロジーを有効活用して、よりよい未来をつくってくれないか。そう考えている。テクノロジーは思想とは関係ない。そう思っている。でも、いくらテクノロジーがあったところで、そのテクノロジーを「どのように役立てるのか」という意味では本当は思想を持っているとしかいいようがないし、テクノロジーだけでは決定できない政策もこの世の中にはたくさんあるのである。