ラフマニノフ
まさか自分に用意されたジャスミン茶に変なものでも入っていたんじゃないかと思うくらい、 私は異様な興奮状態にあった。 自覚はなかったが、その時すでに、 あの 「酔い」 が始まっていたのだ。 そこのピアノの音を聞いていると、脳天に冷凍のイワシが垂直に突き刺さり、 そこから熱い豆腐の味噌汁がじゅわじゅわとあふれ出てくるというふざけた幻覚が見えた。 そして幻覚の中で味噌汁のプールに全身を浸す時、 現実でふわっと膀胱の力が抜け、漏らしかけてはぎりぎりせき止める、 というのを幾度か繰り返した。 そんな危険な綱渡りをしている最中、どこからともなくラフマニノフの譜面が頭の中に降りてきた。Schoolgirl 九段理江 127ページ —悪い音楽より そんなところで本当に失禁でもしたら、 一生の汚点になるのはわかりきっている。 会場にはまだ何人ものスタッフがいる。しかしどうしても、このピアノの音でラフマニノフを聞いたらどうなってしまうんだろう、という好奇心に抗えなかった。 抗えるわけがない。 たかが体液のためにラフマニノフを諦めるなんてどうかしている。 万が一漏らしたって床を拭けばいいだけだ。 染み抜きのやり方なら知っている。Schoolgirl 九段理江 • 127ページ —悪い音楽より