バカリズム脚本のドラマ『ホットスポット』はミソジニー作品か
小嶋裕一.iconさんのバカリズム脚本のドラマ『ホットスポット』はミソジニー作品かが大変よい記事なので、このドラマやそのミソジニーが気になってる人は全員読んで。
バカリズム脚本のドラマ『ホットスポット』に対して、ミソジニー(女性蔑視)作品だという指摘を見かけた。女性市長が諸悪の根源で、それを宇宙人の男性が活躍して解決するという点がミソジニーだというのだ。はたして女性の悪事を男性が解決しただけでミソジニーと言えるのだろうか。 / そもそも物語の正確な流れは、宇宙人の男性を救うために、周りの女性たちが協力して、女性市長の汚職に立ち向かうというものだ。男性も活躍するが、女性たちの協力がなければ汚職を暴くことはできなかった。
女性が悪役としてだけ登場しているのならわかるが、女性も大活躍していると。
バカリズムはドラマのセリフを書くにあたって、「基本的に男も女も考えること、『自分がこの立場だったらこう思うよな』ということを言っているだけ」「性別、年齢、見た目とか関係なく書いている」と、登場人物の属性を意識していないことを強調している。
この部分はちょっとと思う。小嶋さんがじゃなくバカリズムが。「性別を意識しない」=ジェンダーレスだが、ジェンダーレス=性差別的でないとは必ずしも限らないというか、実際にある性差を無視して「どちらでも成り立つ」ように書くというのは必ずしも褒められたことではないから。この部分はちょっと気になる。
現実世界では女性の市区町村長は3%しかいないのに、女性市長が諸悪の根源でそれを宇宙人おじさんが活躍して解決するというドラマが人気。バカリズム氏はあといくつミソジニー作品を書けば気が済むのかな。https://www.threads.net/@horiguchi_tmm/post/DHS_W9_TazB?xmt=AQGzzpMGo-HGDWAn1fIWgJ6AEjEyPaNv6AvshPVm9GdfIg
女性が市長でないなら「男性が市長だと当然のごとく前提としている。女性差別だ。ミソジニーだ」となるのに、女性市長にすると「悪役が女性か。ミソジニーだ」となるわけで、ジレンマになっちゃってる。
自分はバカリズムがちょっと苦手だし、バカリズム苦手っていう女性を結構知っているので、差別的でないとまでは思えないけれど、個々の作品の評価はきちんとなされるべきだし、一箇所だけ見て「ミソジニーかどうか」と論じるのも違うとは思う。