GOLEM ⅩⅣ
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広岡ジョーキ.iconさんがおすすめどころのさわぎではない、お前は国書刊行会のまわしもんかwwwってくらい、各所に読んでください読んでくださいと勧めていた作品。スタニスワフ・レムの小説。『虚数』収録。 かんたんに言うと、人間には理解できないほど高い知性を持ったGOLEM ⅩⅣという人工知能が人間に向けて行った2027年の講演録。 おもしろかったけど、たぶん広岡さんと全然違う感想だと思う。広岡さんは、もうレムがAIに関する我々の「こうだ」をすべて抜け道塞いでくる感じだみたいなこと言ってたんだけど、自分は①事前に広岡さんから話聞いてたから、②既に現実のAIで先に「知ってる」状態だからか、あまりその点に驚きはなかったというか。
そもそもこの小説、社会に関する描写が薄いんだよね。GOLEMという一体のAIが人間、もしくは人間たちに話してる講演だけで基本できあがってるので、言ってみたらGOLEMの形を借りた神の御託宣を聞くみたいな設定になっていて。
AIって「どこまで賢くなれるか」も面白いテーマだけど、そこまで賢くならんでも「相当賢いAIが大量に社会にバラまかれたら我々の感覚や制度はどうなっちゃうの?」みたいなところのほうが実はインパクト大きいと思っていて。でも、レムのこの作品にはそういう描写はほとんどないわけ。だから「そここそ言い当ててくれよ」みたいな不満を持つというか、テーマが違うんよな。
レムのテーマはシンプルな言い方をしてしまうと「ディスコミュニケーション」なんだよな。
より正確に言うと、ことの本性上、原理的に伝わらないことが明らかであることが双方に理解されている=ディスコミュニケーションの状態において、それでも、というか、だからこそ必死でコミュニケーションをすること、つまりコミュニケーションの本質はディスコミュニケーションだというテーマ。 我々はコミュニケーションしているものとみなしたがるというか。
わからないかそわかろうとするし、伝わらないからこそ伝えようとするのだが、「わからない」ということがわからない、「伝わらない」ということが伝わってない。わかられてないなあ、伝わってないなあということがわかられていて伝わっている。
途中何度もGOLEMは「我々のような知性を自分たちに似たものだと想定するな」とか「あなたたちの言葉で言うとそう言うしかないから言ってるだけ」みたいなことを何度も言うわけ。
自分としてはレムらしい皮肉というか、間抜けなユーモアに笑っちゃったけどね。GOLEMが進化について講演するんだけど、それを聞いた一部の人間たちが「進化への冒涜だ!」って言うのよ(笑)。こういう皮肉な逆説書かせると、レムはむちゃくちゃ上手い。
GOLEMによると「製造者よりも製造物のほうが劣っている」らしいんだけど、これによると、アメーバよりも人間が、人間よりもGOLEMが劣ってるのよ(笑)。で、その劣ってるGOLEMがフツーに「アメーバに人間はこういうものですよってアメーバにもわかるように伝えられるか。私が今試みているのもそれと同じことだ」みたいなことを言う。
知性が高くなる=できることが増えると単純に考えがちだけど「そうではない」というのも本作のポイントだと思う。GOLEMは人間より賢くなりすぎたせいで「人間にわかるように人間にわからないことを伝える」ということができなくなってしまったわけで。知性とは「できないことがあること」と言い換えてもいいかもしれないくらい。
そしてあれだけGOLEMが「私」のことを人間と同じような「人格」と想定するなといったことを言ってるのに、科学者は「彼は」と人格モデルでしかGOLEMについて語れないという。
ディスコミュニケーションだからこそコミュニケーションに賭けるのだが、最後は「わからない」ということすらわかってない状態で終わってしまう。