読書にはお金以上に時間というコストがかかる
読書についてはなぜか「一冊でも多く読んだほうが読んでないよりもいい」という謎の信仰があるが、そんなことはない。
時間が無限なら「一冊でも多く」はその通りかもしれないが、人の可処分読書時間は限られている。
本を読む=「その時間でできた他のことができなくなる」。つまり機会損失があることをキモに銘じるべき。
つまんない本を読むならその時間働いて時給でももらったほうがまだ得かもしれないし、ぼちぼちのおもしろさの本を読むよりも、好きな子とデートしたり、大好きな店に一人焼肉しにいったり、燃える焚き火みながらボーッとしたりするほうが圧倒的に有限な人生を楽しんでるとも言える。
特に最近では「無料で読める」マンガや、Kindle Unlimitedのような「読み放題」サービスもあるため、「無料で読めるなら少し気になるし」と思って読んでしまう。読んでるほうとしては「一冊本を読めた」ので「いいこと」をしたかのような、人生前に進んだような気持ちになるが、逆にその充足感、充実してるつもり感がやばい。仕事してないのに仕事っぽいことしただけで満足してるサラリーマンみたい。
本を紹介するSNSのアカウントなどもくせもの。確かにいい本なのかもしれないけど、そうしたアカウントの紹介を見れば見るほど本が読みたくなってしまう。結果、読みたい本が増えるのだが、これは別の言い方をすれば残り可処分時間がその分減る、その本を読む時間分寿命が削れたってことでしかない。
中年、老年にいたってからの読書は逆。大事なことはいかに本を読まないで済ませるか。
読書においてはお金よりも「時間がかかる」ことを問題にするべき。
悩む理由が値段なら買え、買う理由が値段なら買うなという格言があるが、悩む理由が値段なら読め、読む理由が値段なら読むなくらいの感覚でいい。