時間
「もう少し時間ができたら、 あれを変えてみよう」と。 しかし、もっと時間ができるわけなどない。 われわれには今あるだけの時間しかなく、それはいつだって変わらないのだ。 この含蓄のあるあまり顧みられることのない事実に気づいたからこそ (気づいたのは最近のことであるが)、 私は日々の時間の使い方を仔細に検討してみようという気になったのである。自分の時間―――1日24時間でどう生きるか アーノルド・ベネット 28ページ
1日の3分の2の時間を、単に3分の1を占める勤務時間に付随している時間に過ぎないとしてしまうなら (しかも、 その3分の1の時間すら、全然情熱を燃やしていないのだから)、完全に充実した1日を過ごすことなど、 どうやって望めようか。 望めるわけがない。 自分の時間―――1日24時間でどう生きるか アーノルド・ベネット 45ページ
私たちには本当に時間がないのだろうか? SNSをチェックする時間はあっても本を読む時間がないのなら、友達に会って他人の悪口を言う時間はあっても運動する時間がないのなら、 仕事がたまっているのにコーヒーを飲んでくつろぐ時間があるのなら、時間が足りないのではない。 それは、時間を作っていないだけだ。朝一の「ひとり時間」が人生を変える キム・ユジンp. 151ページ
自分の金銭を他人に分け与えようとする者など、どこを探しても見あたらない。なのに、だれもかれもが、なんとたくさんの人たちに、自分の人生を分け与えてしまうことか。ひとは、自分の財産を管理するときには倹約家だ。ところが、時間を使うときになると、とたんに浪費家に変貌してしまう――けちであることをほめてもらえるのは、唯一このときだけだというのに。 人生の短さについて 他2篇 / セネカ 中澤務 位置: 137
いったい、どうしてこんなことになってしまうのだろう。それは、あなたたちが、まるで永遠に生きられるかのように生きているからだ。あなたたちが、自分のもろさにいつまでも気づかないからだ。あなたたちが、どれだけたくさんの時間が過ぎてしまったかを、気にもとめないからだ。あなたたちが、まるで豊かにあふれる泉から湧いてくるかのように、時間を無駄使いしているからだ。たぶん、そんなことをしているうちに、あなたたちの最後の日となる、まさにその日がやってくるのだろう――まあその日だって、[自分のためでなく] 別のだれかや、別の用事のために使われているわけだがね。 / あなたたちは、どんなことでも、死すべき人間のように恐れる。そのくせ、どんなことでも、不死なる神のように欲するのだ。 人生の短さについて 他2篇 / セネカ 中澤務 位置: 158
わたしはいつも驚いて見ているのだが、だれかが時間をくださいとお願いすると、求められたほうは、いとも簡単に与えてしまう。どちらも、時間が求められた理由は気にするくせに、時間そのもののことは気にしない。時間は、どうでもいいもののように求められ、どうでもいいもののように与えられる。あらゆるものの中で最も高価なものを、もてあそんでいるのだ。彼らがそんな間違いを犯すのは、時間が形を持たず、目に見えないからだ。だから、時間はとても安く見積もられている。いな、それどころか、ほぼ無価値なものとされているのだ。 人生の短さについて 他2篇 / セネカ 中澤務位置: 328