アップデートはカイゼンの言い換え
よく倫理観や何かの対応について「アップデートがなされた」とか、「アップデートしなくちゃ!」といった言い方がある。アップデートの内容自体にはなされて然るべきだと思うんだが、この言葉も連呼されてる間にどんどん違和感を持つようになった。 「アップデート」って「歴史は一方的単一的に進化する」という考え方をベースにしており、しかもそれを不問の前提にしてるくせに、そのことを目立たせない概念だなと。「アップデート、つまり新しくなってるだけ」みたいな言い逃れができるっていうか。
それに日本人が大好きなカイゼン的な考え方と実は結構近いんじゃないか。アップデートと言われているような内容って、本当はもっとドラスティックに枠組み自体の変化が必要なのに、「これこれこの部分、マイナスだったりゼロであるところをイチ足しました」って感じがする。