第1章 親密性のコードの編成とホモソーシャリティ
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from 宝塚・やおい、愛の読み替え
1 ホモソーシャル概念が示すもの
ホモソーシャル
「同性社会」と訳されるような,同性だけで構成される集団を指す形(Gagnon and Simon)
ホモセクシュアリティと区別されるような同性間の親密性を指す形(Lipman-Blumen)
セジウィックの「男同士の絆」を通して広く知られるようになる
「男同士の絆」
19世紀のイギリス文学を中心素材とし,女性を媒介にして二人の男性の間に生まれる男同士の絆が男性が社会的権力を得る上で重要な働きをすることを論じる
ルネジラール「性愛の三角形」論
ライバル同士の絆はそれぞれが愛の対象と結ぶ絆よりも深い
レヴィ=ストロースの「女性の交換」論
男女の結婚を,親族間で女性を交換しあって男たちの間に絆を生み出すものと捉える
なぜ男同士のホモソーシャルな関係に注目したか?
男性支配的な社会を成立させているから
「家父長制」:男性支配的な社会のあり方を指す
「女性がより権力のある男性との関係によって,その関係においてのみ社会の構成要素となる社会システム(ラドウェイ)
「物質的基盤を持つ男同士の関係であり,階層的に組織されてはいても,男性による女性支配を可能にする相互依存及び連帯を樹立,もしくは生み出す」(ハイジハートマン)
こちらをセジウィックは参照
まとめると,男性中心的な社会は男女の関係と男同士の関係の二つに支えられていると考えられる
そうすると,「女性と女性の関係」は不在となる
→女同士の関係を構成要素としない社会である
「男同士の絆」の影響
以前は,女性と男性という二項の関係に目を向ける傾向
しかし,異性愛は男性支配的な社会を支える男同士の関係を生み出す道管になっており,そのために女性に異性愛が強制されるという見解は,ゲイル・ルービンやリュス・イリガライによって提出されていた
しかし,女性と男性の関係は,一見女性に直接関わらないような男同士の関係の影響を大きく受けているのではないか?
→ジェンダーの問題を考える際に同性間の関係に注目する重要性を知らしめた
→ホモソーシャルとホモセクシュアルを分析的に区別したことにも意義 
ミソジニーとホモフォビア
「女性蔑視と同性愛嫌悪が手に手をたずさえている近代の父権性社会の構造を鋭く指摘するものとして,記念碑的な評価が(セジウィックの「男同士の絆」に)与えられてきた」(竹村)
ホモソーシャリティとホモセクシュアリティ
類似点
同性の他者に対して強い感情や愛着が抱かれ,それが関係の基盤となるような,同性に対する親密性が存在
違い
その絆が性的であるかどうか
しかし,性的かそうじゃないかというのは,その時々の認識次第であり,普遍的な基準に基づくものではない
性的なものの認識のされ方を規定するのが社会的権力である
性的関係と非性的関係の区別の曖昧さ
それにより引き起こされる,男同士の関係性の境界線をめぐるポリティクス
セジウィックが行ったのは,男同士の絆が性的とみなされるか非性的とみなされるかについての,同性間の親密性の認識論ではないか?
女性のホモソーシャルはありうるか
男性支配社会の維持装置という性質をホモソーシャル概念に不可欠と見做すかどうかによって見解は分かれる
また,ホモセクシュアリティとホモソーシャリティに関して,女性の場合はもともと断絶していないとみなされていた(リッチなど)
リッチに対する批判
リッチ自身は「一次的なエロスと情動の相手に女性を選択した女たち」である「レズビアン存在」と「レズビアン連続体」との間には違いがある」と述べているが,「レズビアン連続体」概念は,その違いを不可視化するのではないか?
女同士の関係の連続性を強調するだけでは,女性のホモセクシュアル関係の不可視化や,脱性化という形でのレズビアンへの抑圧を引き起こす恐れ
本書では,ホモソーシャル概念を,ホモセクシュアルとの類似,かつ区別を示すものとして女性にも適用する
2 恋愛のコードの中心化
ルーマン「情熱としての愛」
17世紀以降の西欧社会において,恋愛という概念の意味内容がどのように変化していったのか
親密性を意味づける概念としての恋愛と友愛,最終的には恋愛が圧倒的に優勢になっていく過程が描き出される
なぜ,友愛が親密性を意味づけられなくなったのか?
友愛ではなく恋愛によって親密性が規定されるようになった背景
近代化による,身分制度に基づく成層的に分化した社会から現代のような機能的に分化した社会への移行
前近代社会では,社会を支配する上流階層は同じ階層の人間同士で結婚することで維持されていた
結婚は,身分秩序を維持するための社会統制下にある
配偶者は情熱を抱く対象ではないという観念,結婚制度による規制などによって,結婚相手と親密な関係を築くことは阻害されていた
親密性は,夫婦ではなく,それぞれの階層にとって社会生活を営む上で必要な付き合いの中で友愛として成り立っていた(親密性は社会生活に必要な関係の中にあった)
近代化によって,パーソナルな関係/員パーソナルな関係,私的領域/項的領域,性的な関係/非性的な関係が区分されるという変化
紆余曲折を経ながら,前者と恋愛のコードが結びつくようになった
パーソナルな関係/インパーソナルな関係
社会が機能的に分化したことによって,生活圏と仕事場,買い物をする町,また他の地域を拠点とした社会運動などが分化した(一つの社会の中であらゆる生活を送るわけではない)
特定の場に縛られず,場に応じて様々な役割を持つ
→個人的な事柄に関わることなく,役割特性だけに基づくコミュニケーションが可能になる
例:店員と買い物客
一方で,個人の全人格が関わるような親密なコミュニケーションを行うパーソナルな関係を深める余地が生じる(kana.iconなぜ?)
特に20世紀以降は,生活に必要なものの大半はインパーソナルな関係から調達するようになる
何かの目的のために相手と部分的に関わるインパーソナルな関係と,全人格的な交流を行うパーソナルな関係を共に持ち,両者の違いを日常的に経験
親密性は,パーソナルな関係とインパーソナルな関係の差異を拠り所にするようになり,パーソナルな関係に存在するものとなった
友愛が前近代において育まれていた社会生活上の関係は,今日では大幅に脱パーソナル化された領域に出自を持つため,インパーソナルである=親密性を意味づける概念として不適,とされるようになった
公私の領域の分離
これにより,結婚生活が親密性と関連づけられるようになった
前近代では,「家業」や首長の受け継ぎなど,家族が政治や経済といった社会的に重要な機能を担っていた
結婚は,政治や経済などの社会活動に不可欠な関係を生み出すものでもあった
近代化によって,社会的活動を家族単位で行うことがなくなると,配偶者選択に対する社会的な統制が弱まる
社会的な要素が排除されたことによって,パーソナルな関係=親密な関係だと規定されるようになった
そして逆に社会生活では純粋に政治経済的なものと理解されるようになり,親密性は不要とみなされるようになった
友愛による結婚ー>恋愛による結婚
近代化以降,結婚はそもそも友愛の概念と結びついていた
社会統制がなくなったので,自分で結婚相手を決めることができる
理性や道徳を働かせ,穏やかな友愛によって配偶者を選ぶことで自由な結婚が受け入れられる
しかし,次第に恋愛にとって変わられるようになる
最大の要因はセクシュアリティ
セクシュアリティが親密性を高めるので,親密な関係の外部に性的な関係があると親密な関係が不安定になる→性的な関係と親密な関係を一致されることが求められる
性行為をすることが前提となっている(kana.icon注釈:社会的に認められた)夫婦という関係においても親密さが必要とされた
セクシュアリティを通じて精神的・内面的な親密さを深めるようになる
近代化以降の避妊技術の発達によって,性と生殖が分離されたことによって,「セクシュアリティ」概念が誕生した(ギデンズ)
世代を越えて親族秩序を維持形成するためのものではなくて,他者との親密な結びつきを築いていくための手段となった
恋愛はセクシュアリティが関わっているかどうかによって他の関係と区別される
友愛は,自らと他の社会関係を区別する指標を持たないので,機能的に分化した社会においては親密性を規定するのに相応しくなくなった
ルーマンによると,恋愛のコードと友愛のコードを分つのはセクシュアリティが介在しているとみなされるかどうか
つまり,恋愛のコードは性的なもの,友愛の関係は非性的なものという含意を持つことになる
3 友愛のコードとジェンダー
男性による公的領域の支配
社会的権力の占有
以下にして可能になるか?
公的領域,私的領域のジェンダー化
性別役割分業において私的領域を女性の居場所とし,公的領域の中枢から女性を遠ざける
公的領域では女性が排除されているため,男性と男性の関係が中心化される
しかし,近代化以降の社会は自由や平等をモットーにしているため,教育機会は男女に関わらず開かれ,また,公的領域で活躍したいという女性がいた場合その意思を否定することができない
ここでそれでもなお公的領域の男性支配を可能にするものが,親密性である
公的領域でのパーソナルな関係は,公平性を損なう可能性がある
例:口利きでの就職など
逆に,公的領域でパーソナルな原理を働かせることで,自分たちが優遇される状況を作り出すこともできる
例:学閥
男同士の間で,女性を排除したパーソナルな関係を築き,その関係を通して社会的資源を分配すれば,社会的権力を男性が独占できる
結局のところ,法的・制度的な平等がある程度実現されたとしても,インパーソナルなはずの公的領域でパーソナルな関係が影響力を持つというダブルスタンダードがあるかぎり,女性が不利になりがちである
第一派フェミニズムによって参政権運動など公的領域での不平等を改善された
しかし,ジェンダーの不平等は依然として残り続け,第二波フェミニズムでは,私的領域の問題が大きく関わっていることが明らかに.
その後,セジウィックの男性ホモソーシャル論が生まれる
近代化以降の社会と,前近代社会における男同士の関係
男性支配社会は男性が社会的権力を有する他の男性と関係を持つことによって成立する(セジウィック)
前近代,近代以降の相違点
家族の支配権が弱体化したこと
それ以前では,結婚によって男同士の関係は成り立っていた
近代化以降は,公的領域で女性を介さずに他の男性と関係を持つことができる
「魅力的かつ危険な選択肢」(セジウィック)
ホモソーシャリティは公私の区分を揺るがしかねない
なんとか,ホモソーシャリティを公的なものにしたい(特権をもたらすから)
非性的であるという点で,公的な性格を保障する
ホモフォビア
友愛のコード
恋愛のコードが適用されると,パーソナル性が強調されてしまうので良くない.親密性を別のコードで規定する必要がある
つまり,友愛のコードは男同士の公的関係での親密性のために用意されたと言える
→友愛のコードが適用される「友情」概念も,男性的なものとされる
アリストテレス以降の西洋哲学的な友情論においても,扱う対象は男の友情である
19世紀のヨーロッパ社会における友愛の言説も,男性せいと結びついていた(葛山)
「女の友情」について
事例
「ロマンティックな友情」(リリアンフェダマン)
「ボストンマリッジ」
竹村によると,女同士の強い親密性が社会的に認められたのは,男女のセクシュアリティが非対称的に捉えられ,女性に性的欲望があるとは思われなかったため
脱性化されることによって,異性愛を中心とする性観念を脅かさないとみなされる
1920年代には,女性同士であっても同性愛と呼ばれるようになった
これによって社会的な非難は受けるようになるが,そもそも女性はインパーソナルな公的領域とそこまで繋がりを持つと考えられなかったため,友愛と恋愛を弁別するためのコードを発達させる必要はなかった
→女性間,男女間の性的ではない親密な関係は,そのような関係を認識,表現するための親密性のコードが発達していないため,社会の中でとらえがたい
→女性たちも,自分の中にあるホモソーシャルな欲望を把握することが困難である(竹村)
ホモソーシャリティを分節化する親密性のコードが未発達であるから
「女の友情」「男女の友情」概念は,存在しないわけではないが,確固たる存在感はない
女性の友情というものはかなり希薄なものというイメージがある(アラン)
友愛のコードは公的領域における男同士の絆を性的な関係と区別するためにあるので,女性間,男女間の友情関係については,それらを性的な親密性を弁別するコードが未発達なため,性的な関係と同一視されやすい
しかし,にも関わらず女性同性愛は不可視化されやすい
性的主体性の認められ方のジェンダー差(江原)によって,非性的とそもそもみなされている
ホモソーシャリティがホモセクシュアリティと弁別するのは,関係を非性的な公的領域にとどめ置くため
「男女間に長きにわたる権力の不平等があることを示すものであり,またそのメカニズムでもある」
ホモソーシャリティとホモセクシュアリティ(女性)が分断されていないことにより,レズビアンに対するフォビアを緩和し,連帯の可能性を開くという側面もある
が,その状況を主体的に選び取ったと言うよりは,むしろ女性の抑圧の結果としてある
4 強制的異性愛と女性のホモソーシャリティ
男性の親密性欲求
ホモソーシャリティは男性の男同士の絆でありパーソナルな関係ではあるが,利害関心と関わりなく親密性だけに基づく関係ではないので,純粋な関係性としての友情と同じものではない(ギデンズ)
純粋な関係性を築く機会は,公的領域の占有の代償として失われている
親密性欲求を満たすには?
私的領域において女性との間で親密性を追求
男性は親密さへのどのような欲求であれ,それを友人や仲間よりも家族の中で満たすことが多い(アラン)
公的領域で活動し続けることで女性の愛情を欲するようになる(ルーマン)
男性との間で親密性を追求
男同士の友愛関係は,様々な物語の中で描かれている
異性愛の必要性
ホモセクシュアルと,男性同士の親密性を明確に分ける必要性(セジウィック)
自分が同性愛者でないことの根拠を誇示するために女性を欲望しなければならないという強迫観念
ホモかヘテロか,という二元化されたアイデンティティのいずれかに必然的に振り分けられると考えられるようになった
「同性愛者でない」とは「異性愛者である」こと
女性を性的に欲望してさえいれば,あるいは女性を欲望していると他の人に思わせることさえできれば,安心してホモソーシャルな絆を深めることができる
「異性愛は,今までのところ,男と男自身との関係,男同士の関係がうまくいくためのアリバイでしかない」(イリガライ)
ルーマンの親密性のコード論とセジウィックの男性ホモソーシャル論の接続
非性的でインパーソナルな公的領域に男同士のパーソナルな絆が存在できるのは,友愛のコードによって非性的と認められてこそである
公的領域での活動の範囲を超えて他の男性と密接に関わったり,公的領域での活動と関係なく男同士の間で純粋な関係性を築こうとすると,私的な性質を帯びる
私的な領域では,友愛のコードよりも恋愛のコードの方が優勢である
なので,私的領域において男同士の間で深く親密な関係を築くと,その関係は恋愛のコードによって把握されてホモセクシュアルなものとみなされる可能性が出てくる
ホモセクシュアリティは,パーソナルだが非性的な男同士の関係に基づく男性支配のメカニズムを揺るがすので存在を許されない
女性との異性愛が必要とされる
男性が同性愛者でないことを証明できる性的な関係であることが必要
強制的異性愛は,危険なホモソーシャリティを操作し,公私の境界を画定して社会秩序を安定させるための装置なのではないか?
近代化以降の社会で親密性をめぐる観念体系の中心に性的な関係性があるのは,公的領域のホモソーシャル関係が,性的で親密な異性愛関係を必要とするからではないか
私的領域において,セクシュアリティと結びついた恋愛のコードが優位に置かれることで,私的領域の性的な性質と,それと対比される公的領域の非性的な性質が構築される
友愛のコードの劣位化は,友愛のコードの役割には悪影響を及ぼさない
公的領域では恋愛のコードが適用される関係は存在を認められていないので,親密性を規定するコードは友愛のコードのみだから.
女性にとっての異性関係
恋愛のコードは女性に向けて強力に宣伝される(序章 宝塚・やおいへの視点を参照)
女性は私的領域で男性の異性愛の相手を務めることが求められるから
元々,女性であってもパーソナルな関係を築きたいという欲求はある
そこに,親密性欲求を男性との間で満たすように促すことで,異性愛関係に女性を動員する機能を持たせる
女性に必要とされる性質(男性が異性愛関係を持つために)
情緒的存在であること(親密な関係を築くのに長けていること)
男女の活動領域の分化によって,愛情を育むことが私的領域と結び付けられたから(ギデンズ)
男性がジェンダー規範によって感情表出が抑制されているため,それらの感情を女性との親密な関係の中で表現しようとするから(アラン)
女性も,男性との間で親密性を追求すること
相互的でなければならないので,女性からも男性を選ぶ必要がある
性的な存在であること
同性愛者でないということの証明のために必要
女性に必要とされる性質のせいで,公的領域での活動で女性が不利な状況に置かれることもある
公的な領域における同性(男性)との人間関係の育み方を体得していない
女性は男性の性的欲求の対象となるための技法を身体化する形で社会化されていて,公的領域に参入際にもその「女の体の必然」を伴わざるを得ない
→親密な関係を公的領域の中で築こうとしても,性的な関係として私的領域に追いやられてしまい,権力ネットワークに入ることができない
友愛のコードは男同士の関係のためが前提なので,女性の持つ関係に友愛のコードが適用されない可能性がある
公的領域に不適切とみなされてしまう
→女性は男性と公的領域で親密になりにくい文,社会的地位を獲得しづらくなってしまう
異性愛関係の,女性にとっての利益
男性が社会的資源を支配しているので,男女とも自分の欲求充足のために他の男性から資源を得る必要がある(リップマン=ブルーメン)
男性は同性とのホモソーシャルな関係を重視
女性は異性との関係を重視
「構造的な観点からすると,女性は,男性を惹きつけ他の男たちから異性愛関係の安らぎの方に男性の気持ちを逸らすために,自分自身を性的客体につくりあげることを強いられてきた」
異性愛が社会的資源を獲得する唯一の近道であるから.
強制的異性愛と女同士の関係
男性支配の橋頭堡として女性に異性愛を強制する現代社会においては,「女と女の関係がどんなに頼りにされ,大事にされていても,男の信用度と身分の方が上なのだ」と考える「二重思考」に陥る(リッチ)
実際には女同士の関係が強固で豊かであっても,認識の上では女同士の関係よりも異性愛関係の方が優位にあると認識される
なぜこのようになるのか?なぜ男性はそうではないのか?
同性関係が持つ意味のジェンダー差 
社会的資源の不均衡による
女性は同性同士の関係で社会的権力に近づける可能性が低いし,そもそも,同性と関係を結ぶ機会自体が制限されている(公的領域に女性が少ない)
ジェンダー規範の違い
男性は公的領域を重視すべき
女性は私的領域を優先すべき
私的な領域での女同士の関係が必要不可欠ではないこと
家庭での労働が私化され,共同活動を行う必要がないぶん,どんな交際もその作業とは全く無縁であり,実質的な重要性がない(アラン)
利益を助長せず,広い社会的意義を持たないとされている
男同士の関係は社会の中で活動するために重要だが,女同士の関係は女性に精神的充足をもたらすものでしかない
男性から得られる利益の方が大きければ,異性愛関係が優先されることになる
親密性のコードの問題
親密性を規定する概念として友愛より恋愛が強力であるため,恋愛コードで把握される関係の方が上位になる
しかしセクシュアリティを伴うとされているため,公的領域には越境しない
女性は公的領域ではなく,私的領域を基盤にしている人も多く,また公的領域での女同士の絆に対して友愛コードが認識されることも困難がある
男同士に対して,インパーソナルな場での友愛コードが用意されたという事実
私的領域においては,女同士のホモソーシャルな関係があったとしても,親密性コードの序列によって異性愛関係より劣位に置かれてしまう
女同士でセクシュアリティが介在している場合はどうなのか?
恋愛コードは適用されるが,男性支配社会において女性は私的領域で男性の性的欲求と親密性欲求を満たすための相手になることが要請されるため,推奨されない
また,近代化以降の社会では,ホモ/ヘテロは二項対立の関係にあるので,異性愛と並列しえない
そもそも男性と異性関係にない場合はどうなのか?
同性愛者とみなされていない場合は潜在的な異性愛者とされ,女同士のホモソーシャルな関係は,男ができれば直ちに力を失う儚い絆とみなされる
女性ホモソーシャル親密性の抑圧
社会的にホモセクシュアルだと解釈されないから社会的禁忌にはならないが,上手く分節化できずに認識困難な「語りえぬもの」となってしまう(竹村)
親密性のコードに存在しないので,女同士のホモソーシャル関係を当人たちにとって最上位にある強固な関係だと認識したり表象したりすることが困難
5 日本社会における親密性のコードの編成
近代化以降の社会における親密性のコードの編成
親密性を規定するコードとして恋愛のコードが中心にある
恋愛のコードは結婚を基礎づける
恋愛のコードは性的とみなされる親密性に,友愛のコードは非性的とみなされる親密性に適用される
友愛のコードは基本的に,公的領域における男同士の親密性を補足するためのもの
友愛のコードが適用される関係は,恋愛のコードが適用される関係よりも劣位化される
友愛のコードが適用される関係は,非性的な公的領域においてのみ最上位にある関係として認識/表現されることが可能になる
日本に適用可能か>
親密性のコードに大きな影響を与えたのは,家族が生産の単位でなくなり,結婚による家族間結合の社会的重要性が低下したこと→日本にも共通
前川直哉の論考(2011)
日本で男同士の絆が強固で特別な関係とされながらも,性的な関係を連想させる要素がことさら排除される社会的背景を考察
恋愛概念が登場し,また,教養のある女学生が出現したことで恋愛と結婚が結びつく中で,男色関係は正統性を欠くとされた
詳しくは論考参照
赤枝香奈子の研究(2011)
欧米の性科学のもとで,「仮の同性愛』(エスなど)と「真の同性愛」が二分した
他者への自己投入である「愛」は非性愛化された母子関係か,性愛化された男女の恋愛関係かに二分され,同性間の親密な関係は非性愛的であるべき「友情」として残される.しかし,他者との関係への自己投入を期待されている女性にとって,それは「過剰に」親密になりやすい関係であり,またそのために,いさかいや葛藤,破綻も多く生じることとなる.それゆえ,淡白ながらも永続的という,男性を基準とした「友情」とは異なる関係性なのである
戦後の日本社会
1992,山田
「社会的な価値としての恋愛(セックスを含む)」「親密性を保障するものとしての恋愛」「結婚の手段としての恋愛」という三つの類型
性的な行為の有無が恋人と友人を分ける指標となっている
高井2009,藤本純子2005,今田絵里香2011
1950年代に女性同士の関係に関するトピックが少女雑誌から激減,異性愛関係が中心テーマへ
男性のホモソーシャルな絆は描かれ続けた
注釈より
非性的な親密性としてのヘテロソーシャリティはとりわけ周辺化され不可視化されているが,それらに関して考えることも重要である