序章 宝塚・やおいへの視点
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1 宝塚・やおいと恋愛
宝塚とやおいの共通点
同性の間にジェンダー的な役割を設け,その両者によって恋愛を表現している”同性による異性愛”
kana.iconBLにジェンダー役割はある?
本によると,「攻」「受」がそれに当たる
ニクラス・ルーマン
愛は文学のなかで前もって形作られ,正しく規定されている感情
「コミュニケーションのコード」のうちの,「愛のコード」=「恋愛のコード」
「コミュニケーションのコード」
そのコードの規則によって感情を表現したり,形成したり,シミュレーションしたり,他者にそうした感情があると想定したり,ないと判断したり,ひいてはそれに応じたコミュニケーションが実行される場合には必ず伴う帰結に対して用意を整えること を可能にさせるもの
準拠枠
例:
話をしているときに,自分の目を見てうなずくアイテに対しては,「自分の話に興味を持っている」と感じる
逆に,うなずくがわは,「その話はおもしろい」というメッセージを伝えるために,意識的にそれらを行うこともある
「恋愛のコード」
ある事柄が,恋愛に関することとして解釈したり表現したりする際の参照基準
これらを広める役目を果たすのが,物語である
むしろ,物語に接することによって恋愛のコードを学んでいく
なぜ,とりわけ女性を対象として恋愛物語が提供されるのか?
例:
女性誌の占いコーナーでの恋占い記事,少女漫画の題材,映画や小説の宣伝
女性にとっての恋愛が,「女性ならば当然男性との恋愛に関心を持つものだ」という規範的なものになっている.つまり,それらは社会規範の一つであり,女性たちは異性愛に関心を抱くよう仕向けられている(そのことで,実際に関心を持つ場合もある)
恋愛を至高のものとするような「女らしさ」は決して疑われることがなく,恋愛が読者たちをそれに向けて水路づけようとする「基底的な参照項」となっている(牧野)
女性が異性愛関係を持つよう社会的に方向づけられている状況「強制的異性愛」(アドリエンヌリッチ)
女性に対して男性との恋愛を規範化することは,平等という理念を持つ近代化以降の社会においても男性支配を維持する装置の一つである(東園子)
では,女性たちはその意図のままに恋愛物語を受け取っているのか?
必ずしもそうではない.ときには送り手側の意図に反するような多様なメディアの読み取りを行っている
自らの関心に従って,恋愛物語を利用することも可能である.読み取り方によって,別の物語になりうる
※消費について
支配的な経済体制によって押し付けられたさまざまな製品をどう使いこなすかによっておのれを表す(ミシェル・ド・セルトー)
一種の不可視の生産である
「「消費」と形容されている生産」
2 親密性のコード
「親密性」
相手と関わりを持つことから得られる精神的満足感が双方に存在している関係性
「友情」:友愛のコードを用いて認識・表現される
「恋愛」:恋愛のコードを用いて認識・表現される
同性間の親密性について
「ホモソーシャリティ」:友愛のコードが適用される同性間の親密性
「ホモセクシュアリティ」:恋愛のコードが適用される同性間の親密性
友愛と恋愛の区分?
近代化以降の社会では親密性の認識に性的・非性的の区分が大きな意味を持っている
ルーマン,ギデンズ,筒井などを見るとよい
セクシュアリティは恋愛のコードと結びついている(=社会的に性的とされる要素が介在するかどうかによって,どちらのコードが適用されるかが決まる)
近代化以前の社会に通用するとは限らない
物語とコード
上述の通り,物語がコードを伝達する
物語の中でよく描かれる親密な関係性ほどコード化の度合いが高く,社会の中で親密性が把握される際に及ぼす影響力が大きい
物語とジェンダー
ルーマン
17世紀のヨーロッパでは,最初に婦人が長編小説を読んで愛のコードがなんであるかを知ることで愛に対する注意を深めるようになり,少し遅れて男性たちにも広まった
→女性は男性よりも先に,恋愛がどのようなものであるかを学習した傾向
→マスメディアの受容にジェンダー差があったので,恋愛のコードの習熟度にもジェンダー差が現れる
現代のマスメディア
女性たちは幼い頃から恋愛に関する言説に日々さらされている
女児向けのアニメなどでも恋愛が描かれることがある
女性たちに友愛のコードを学ぶための物語が提供される機会は男性より乏しい
例:
少年漫画にとって友情は主要テーマだが,少女漫画ではそうでない
kana.iconそうかな?どちらが優先度が高いかということはあれど,最近(と言っても「うる星」以後)だとそれほど差異がないような気もする.ただ,それは男性も恋愛のコードを習得する機会が増えたというだけで,女性に友愛のコードを習得する機会が増えたことは示さないけど.
結論だけ言うと,男性側にも恋愛コードを学ぶための物語が増え,友愛のコードを習得できる物語は減ってきている
女性は男性に比べて,友情的な関係性を把握し表現するための友愛のコードをあまり習得することなく社会化されると考えられる
→恋愛のコードは女性にとって身近であるので,さまざまな親密性を読み取り表現する際に手軽に利用できる有効資源なのではないか.
3 宝塚・やおいにおける恋愛のコード
親密な関係の実質がどのようなものであれ,関係性に対する認識は親密性のコードが規定する通りの形になる
コード規則から逸脱した形の親密性を読み取り,表現するためには,
コード規則を変える
コードの使い方を工夫する
実践例として,宝塚・やおいがある
恋愛のコードから,恋愛以外のものを読み取ったり表現することもできる
→本書では,宝塚・やおいの消費者は恋愛のコードを駆使して恋愛ではない何かを見ているのではないかと見る
一般には,この見方は主流でない
溝口によると,「(やおい・BLの感想において)性描写への拒否の言葉がないかぎり,物語全体として楽しんでいて,もちろんポルのグラフィとしても機能していますよ,という表明なのである」
kana.iconそんなこと,ない・・・.なんなんだ溝口.別に明確に拒否しなくたって,あろうがなかろうがどうでもいい・・・自分の場合だけど.でもそーゆー人はいるでしょ!
ただし,実際には性描写のないやおい・BLも有意に存在し,また性描写がなくてもよいとする読者の存在もある(東)
kana.iconでしょーとも.
親密性を読み替える方法「相関図消費」
「能動的なオーディエンス」という前提
送り手の意図に囚われず多様な読み取りを行う
別に,宝塚ややおいの読者が恋愛に対する欲求を満たそうとしているとは限らないのでは???と本書では言いたい
4 本書の方法と構成
オーディエンス研究,ファン研究
何を読み取るか?表現するか?
恋愛表現で何を可能にしているのか?
彼女らの欲望と,その社会的背景は?