第6章 宝塚・やおいにおけるホモソーシャリティと女性
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from 宝塚・やおい、愛の読み替え
やおい・宝塚の比較,まとめ
1 宝塚・やおいの相関図消費の特徴
宝塚・やおいファンに共通する物語の見方<相関図消費>
物語の中で提示された人間関係をもとに,一定の枠組みの中で別の人間関係を想像=創造する
宝塚では,舞台上で表現される異性間の恋愛や男同士の友情といった親密性を,タカラジェンヌ同士のホモソーシャルな絆の表れとして捉える
やおいでは,原作の男同士の絆を恋愛的な関係として解釈する
読み替えが可能になる理由
メディアに登場する人物とその人物たちが取り結ぶ人間関係が複数の層を持っているから
各層で描かれる異なる種類の関係性をメディアに登場する人物によって統合することで複数の親密性のコードを扱う
それぞれ,
1.舞台/原作で提示される層
2.特別な対が指定される層
3.愛好者が読み取る層
宝塚では,1)役名の領域,2)芸名の領域,3)愛称の領域
”関係性の重ね合わせ”
やおいでは,1)原作で描かれる,2)原作から抽出される層,3)二次創作で描かれる層
”関係性の変換”
相関図消費で何が認識/表現されるか
同性間のホモソーシャリティ
宝塚では第三層に存在
女同士の絆の読み取り
やおいでは第一層で描かれる
ホモソーシャリティを,恋愛関係への変換によって強化
どちらの場合も,恋愛のコードを通して,ホモソーシャリティという同性間の非性的な親密性を補足する
宝塚もやおいも,一般的な形で親密性が表現される第一層(男同士の友情,異性間の恋愛)から,特別な対が指定される第二層を通して,特殊な形で親密性のコードが用いられる第三層(女同士の友情,同性間の恋愛)を見出すことによって,恋愛のコードからホモソーシャルな親密性を捉える
強いホモソーシャルな親密性を認識/表現することが,<相関図消費>の理由の一つである
なぜ,ホモソーシャリティの補足に相関図消費なのか?
女性は同性とのホモソーシャリティを強固な関係性として認識しがたく,友愛のコードが適用される強い親密性に対して実感をもちにくい傾向
まず,女性たちは友愛のコードに習熟していない
また,異性愛関係を最上位の関係とみなすよう教え込まれている
男同士の絆が原作で示されても,どれがどのような関係性か想像しづらい,また,タカラジェンヌ同士の強い絆の存在に対する疑い
リアリティを付与する方法としての相関図消費
相関図消費による,ホモソーシャルな絆の読み取り,描き出し
愛好者たちが読み取る関係性の違い
宝塚では,友情的な<パートナー>,やおいでは恋愛的な<カップル>
この差は,そもそも宝塚には強い排他性が備わっていることにある
ジャニーズアイドルの例同様,
歴史的蓄積
ユニットの普遍性
やおいの場合はそうではないので,恋愛化によって排他性を外から付与する
排他性を伴うホモソーシャリティによって結ばれた特権的な対<ペア>
例:宝塚におけるトップコンビ,男役コンビ
→相関図消費によって,現実社会にはなかなか存在しない<ペア>という関係性を認識/表現する
ホモソーシャルな親密性の,公私の区分を横断する性質
宝塚では,愛称の領域(公的集団の私的な部分)
やおいでの,恋愛関係による指摘領域への越境
共同性の創出
第三層の物語を見るためには,愛好者間で共有された物語(愛称の物語/社会に存在する恋愛物語)が参照される
個人的なものではなく,他にもそのような読み取りを行う人がいると推測できる
愛称の物語はメディアで共有されているもの
恋愛物語は広く流布している
”普通の人には見えないものが見える”ことによるホモソーシャルな親密性
2 宝塚・やおいが示唆する女同士の絆に対する観念
女性のホモソーシャルな欲望
男同士/女同士のホモソーシャルな絆に対する関心が宝塚/やおい愛好家には存在する
なぜ,宝塚/やおいは女性のホモソーシャルな欲望を受け止めることができるのか?
どちらも,男同士のホモソーシャルな絆を好んでいる
BLとも関わり
「友達の延長線上に恋人関係があるというのがBLの特徴というか,そこが肝」(よしなが)
宝塚の舞台でも,男同士の友情の表現がファンからも関心を持たれている
男同士のホモソーシャリティは一般的にも好まれる
男子運動部のマネージャーには,スポーツを通して結ばれた男性集団への憧れがある(高井)
アイドルの「ユニットもえ」「コンビもえ」(松本美香)
テニスの王子様ファン(上田)
ではなぜ,男同士のホモソーシャルな絆に愛着があるのか?
男同士というよりも,関係の性質が重要
やおいだと思う関係は男同士のものに限られない(よしなが)
「価値観の違う同士,でも相手を認めて入るその関係は,女性同士であっても私にとってはやおい」
セーラームーンなど
しかし,女同士で好ましいホモソーシャル関係が成立しているのは少ない
女のホモソーシャルな絆の不在
宝塚ではなぜ,タカラジェンヌ同士の絆が相関図消費の対象になるか?
そもそも,ファンが関心を持ちやすいのは男役同士の関係性である
トップコンビと違って,男役コンビは入団年が近い間柄が多いこと
舞台上の男同士の友情が,舞台裏の関係に投影されやすいこと
愛称の存在自体も,男性的な女性として提示されていうとhこと
→ホモソーシャルな親密性が,男役同士の間ならば成立すると創造されやすい?
社会において存在する友愛のコードは「男の友情」を規定するものである
”女の友愛のコード”は未発達である
そのような親密性を表現したり把握することが難しく,現実に存在しうるという観念も持ち得ない
→BL,やおいは男女間では困難な関係性を成立させるためだけでなく,女同士では困難な関係性を描くための装置にもなっている
女同士の関係に友愛のコードを適用しづらいのはなぜか?
タカラジェンヌ同士の関係は,男役と娘役,娘役同士の関係も関心を持たれる場合がある
なぜか?
男性集団と同様の性質を持っているから
閉ざされた「禁断の園」という共通点(榊原)
「友情,努力,勝利」
共通の目的によって結びついている「チーム」であること=公共性を帯びている
浅野智彦「親しい関係を超えて,その問題の解決に利害や関心を持つという以外の共通点が必ずしもない人々の間に協力関係を組織していくような付き合い方の作法」が「公共性」である
情動だけでない,外在的な要素によっても結束している,安定した特別な絆
インパーソナルな関係を出発点にしたパーソナルな関係という公私両面の性質を併せ持っている
そもそも,友愛のコードそれ自体が,基本的に公共性を帯びた親密性を対象にしているのでは?
女性同士の関係に公共性があるとみなされない場合が多い
公的領域において女性だけの集団は少ない
そのせいで,女性だけで何かを解決したり達成することが難しい
社会的利益も少ないので,関係形成の強い要因がない
→そのせいで,女同士の絆は脆弱な関係性と認識されるのでは?
異性愛の不在
やおいコミュニティでの異性愛の不可視性
タカラジェンヌの構築
未婚の女性であること
すみれコードの存在
ー>公的領域と私的領域の間での葛藤が登場しない
やおい化による異性愛の排除
→恋愛のコードの効力の強さが窺える
異性愛が制御された状況でなければ,友愛のコードによって親密性を補足することが難しい
女同士でも男同士でも,強いホモソーシャルな親密性は特定の条件の元でしか認識・表現されにくい
3 宝塚・やおいの相関図消費の時代背景
相関図消費は,いつ頃広まったのか?
やおい的な同人作品出現時期から考えると,1970年代ごろになる
宝塚の相関図消費的な舞台の見方に関してはいつ頃広まったのか曖昧であるが,
1970年前後に団員の日常生活に対する規則が定まる
トップコンビの制度化(1974年以降)
ベルサイユのばらのブーム
アンドレとオスカルの関係性は,やおい的である
友愛のコードの衰退
やおいがわざわざ恋愛化されることによってホモソーシャルな親密性を強化されるのはなぜか?
女性がホモソーシャリティにリアリティを感じにくい
友愛のコード化の程度の下落
男性間のホモソーシャルな親密性を主題とする物語はかつてよりも減少していると考えられる
ホモソーシャルな絆を中心に描く物語や映画「西部劇や任侠もの」(竹村)
1970年代に衰退
男らしさを証明する相手として,(少年漫画において)「社会」「世間」「ライバル」ではなく「女性」を見つめるようになったという変化(ササキバラゴウ)
現代の恋愛言説を特徴付ける要素の一つは,恋人と友達の区別のゆらぎ(谷本菜穂)
友愛のコードの衰退?
「友情とは何か」「友達とはどのような存在か」という観念を規定する友愛のコードの衰退によって,親密な他者が友人か恋人かを判別するのは難しい
なぜ,友愛のコードは衰退したか?
男性にとっても恋愛が重要なものとして位置づけられるようになり,男性に提示される親密性のコードが恋愛のコードに移っていったから?
なぜ,友愛のコードの力が弱まり,恋愛のコードが強化されたのか
社会の機能的分化が進むほど,友愛が効力を失っていく(ルーマン)
男女交際の機会が増大するとともに,恋愛こそが結婚を基礎づけるとみなされ,恋愛のコードの社会的重要性が高まった
ホモセクシュアルパニック
任侠映画は,「ホモソーシャルの欲望にこだわってきたにもかかわらず,任侠映画におけるホモセクシュアリティはホモフォビアという形でさえ,直接的には一切顕在化したことはなかった」(斉藤綾子)
「仁義なき戦い」をホモセクシュアルパニックへの移行として見る必要性があるだろう」
昭和残侠伝に見られる,ホモソーシャリティとホモセクシュアリティのあわい
理想化された<男同士の友情>というマジック・ワード(斉藤綾子)
とはいえ,当時の映画はアウトロー的な「裏のメディア」とされていたことを考えると,前近代性やアウトロー性を売りにした任侠映画だからこそ,受け入れられた価値観である可能性は否めない(高井)
一般的には時代にそぐわず,健全さを欠くとみなされていた可能性
同性間のホモソーシャリティが時代遅れの不健全なものと目されるようになった
1950年代,少女間の思慕が少女雑誌で扱われることが減少し,異性愛が中心的なテーマとなった(藤本純子)
センチメンタル性と結び付けられ,「エス」が否定された(今田)
1960〜1970年代における,日本社会での「男らしさ」の変貌
男性のファッション化傾向
男の子たちは,他者の視線を意識し,「愛される」ためにますます外見に磨きをかけるようになった(伊藤公雄)
恋愛ー>結婚
恋愛が結婚へ至る回路となる傾向が戦後ますます大衆化
恋愛規範が強化された
結婚はした方が良い,するのが当然という規範
異性との恋愛が結婚の主要な手段になったこと
結婚の義務を果たすには,異性と恋愛しなければならない?
「結婚という通過儀礼を通る上での,規範的行動として恋愛を捉えている」(羽渕)
親密性の追求だけを考えて恋愛するわけではない
親密性欲求は高まる(異性との間では満たせない)が,男性との関係を優先させなければならないという女性の置かれた境遇
性解放の傾向
「異性愛的欲望が渦巻く社会であるからこそ,禁欲や男同士の友情が魅力的なイデオロギーとなる(高井)
→これらの理由で,女性たちは男同士のホモソーシャルな絆に憧れを抱くようになった?
4 女性のホモソーシャルな欲望と不従順な想像/創造力
「見えない欲望」としてのホモソーシャリティ
”これまで女性の最大の関心ごとは異性との恋愛とされ,おそらく多くの女性たちもそう思ってきた”
”だが,宝塚とやおいの隆盛は,少なからぬ女性たちが性的な関係性とは異なる同性間の親密な関係を欲していることを示唆しているように思われてならない”
ホモソーシャルな欲望のための文化的実践
恋愛のコードを自分たちの関心に合わせて利用するというブリコラージュ的な方法
既存のコードを利用することで手軽に望むものを調達でき,共有可能性も高まる
ピープマイヤー
共犯か抵抗かという観点で文化的制作物を分類する「知の2元論」に疑問
こうしたカテゴリーの数々は,完全かつ首尾一貫して互いに交わらないものとして示されるが,実際のところ,これらは女性の生活,文化と実践においてはほとんど常に共存しているものなのだ
相関図消費によって,既存の親密性のコードを利用して自分が見たいと思う親密性を認識/表現すること
「不従順な創造力」(ラドウェイ)
すでに世の中に存在しているものを自分の思い通りに使って別の何かを作り出す
「不従順な想像力」(東園子)
すでに世の中に存在している記号や表象などから一般的な意味とは異なるものを想像すること
多層的な構造によって,宝塚とやおいは不従順な想像力/創造りょくの培地になれる
表に表れている意味とは異なる裏の意味をはらむ
宝塚/やおいのパロディ性
「権威を認めながらそれを侵犯し,あるいはおなじことを反復しながら差異を強調する」(リンダハッチオン)パロディは,「「【共謀と抵抗の相互浸透」を体現する
パロディは規範を侵犯するだけでなく,「自分自身の上に,自分があざける約束事を刻みつけてしまうのであり,それによって約束事が生き延びるのを保証してしまう」という保守性を持つために「すべてのパロディ的侵犯は正当化される」(ハッチオン)
→宝塚/やおいの持つある種の保守性が,むしろ不従順な創造/想像力を働かせる場を可能にしたと言える
それらにおいての規範の形骸化
GYAZOに参考文献表あり