わたしたち
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【監督】ユン・ガウン
【脚本】ユン・ガウン
【出演】チェ・スイン
【音楽】
【撮影】ミン・ジュンウォン, キム・ジヒョン
【美術】
【製作】イ・チャンドン, キム・スンモ
【制作会社】
【編集】パク・セヨン
【配給】アット9フィルム, japan.icon マジックアワー
【公開】2016
【上映時間】94min
日本のポスターさあ、変なあおり文入れるのやめてくれないか?
冒頭、チーム分け (じゃんけんで勝ったリーダーが獲得したい子を指名する) →ドッヂボール
動きがあるはずなのに、カメラはずっとソンのクローズアップでなにがおこってるのかほとんどまったく見えないのにちょっとびっくり
ラストではもうちょっと見える たぶん、ソンがジアを気にしているから。
ソンのママ、すげーーいい人だ…
自分だったら、忙しい日に「海苔巻き作って」 とかいわれて明日ねって言っても駄々こねられたらすぐきれるな…
そのあともずっと、ソンのことを気にかけつづける、愛情ぶかい母親
父親は、病院に向かう車のシーンが初登場なのだけどそこでは一切姿が映らない
なんか…ソンはほんとうに父親と折り合いが悪いんだなというかんじ
その後もたまに姿を見せるけど、ほとんど出てこない
ジアと一緒にそめた爪の色の上からマニキュアを塗るシーン
これけっこういい、ソンの心情とか立場の変化をこういう小道具で示してくる
韓国映画に出てくる女の子、はちどりにせよアワ・ボディにせよ (こっちは30代とかだけど) だいたい言いたいことというか、言うべきことをはっきり言わない (いえない) からちょっと見ていていやな気分になる
だけどそれが個人の問題じゃないこともなんとなく提示されている
ジアが自己主張するようになったとたん、先生にケンカの主犯と思われて厳しくされるようになったりとか、ハッキリしても嫌な目にあうって感じ。
ジアは母親と仲のいいソンのことがうらやましかったんだろう、逆にソンは家にお金のあるジアに屈託がある。だからあまり助け合うことができない
ジアがソンの家に泊まりにきて、母親との関わりを見てからそっけなくなるのとか… !
そして結局のところ、ジアは勉強ができるからなんだかんだ大人になって強者の側になりそうなんだよな、ソンは親が彼女のことを心配しているから塾にもいかせてもらえるのだけど、成績もどうもパッとしないからおそらく境遇がかわることはないだろう
しかし、ジアがいじめられるのってなるほどなというかんじ。体格もいいし運動もできるのにね。やっぱり、 いじめられるかどうかってなにか確定的な理由があるというよりは結局理不尽な理由でのしかかってくるものなのかもしれない
ジアが必死にボラたちと仲良くしようとしているのに対し、ソンはそういう態度を見せはするし傷ついてもいるけれどもぶっちゃけそこまで焦っているようには見えないこと
結局、学校以外に安心できる場所を持っているかどうかって違いじゃないのか。ソンは母親とや、弟とのあいだに強い絆があるからわりと元気ですごせているけど、ジアは学校以外どこにも居場所がないから必死だ
ボラとソンは「一年のころは仲良かった」
ここらへんすごい、ありがち~~って感じがして良い。
ソン : 叩かれたら叩きかえさなきゃ
弟 : じゃあいつ遊ぶの? ヨノが叩いて僕も叩いたらいつ遊ぶの?
弟が真理みたいなこと言ってる
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最後にちょっぴり残った、ジアと染めたほうせんかの色
ラストは冒頭と同じドッヂボールのシーン
ただ、線を踏んだ、出ろ、と責められるのはソンではなくジア
いままで見てみぬふりでやられっぱなしだったソンが「ジアは嘘ついてない」 と言えるようになる
ふたりが見つめ合ってエンド
主人公のクローズアップのシーンがほとんどなのが特徴的
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時間的な長さがちょうどよかった
韓国映画の主人公女性、自己主張できないがちすぎるのでは…、しっかりして!!!!
社会には様々なしがらみがあり、純粋な好き嫌いだけで成り立つ人間関係はほとんど存在できない。会社でも学校でもそうだし、趣味の集まりにですらそうかもしれない。子どもにとっての社会とは学校そのものだが、教室の中には、貧富の差による差別もあれば、微妙な力関係による権力差もあれば、利害闘争すらある。ジア前の学校で上手く立ち振る舞えなかったがゆえに、新しい学校では生き馬の目を抜くように教室の人間関係に気を配るようになった。
学校に限らず、人間が集団を形成すれば必ず起きる軋轢がこの映画には詰まっている。そして、そんなしがらみから解き放たれて純粋な人間関係は成立するのか、映画を見ている観客は問いかけられる。夏休みという、社会に属す必要のない期間にはたしかに、2人は純粋に「友だち」だった。
https://www.huffingtonpost.jp/hotaka-sugimoto/school-caste_a_23236206/
普段すごしていると見落としがちだけど、たしかにどういう人を友達に選ぶかとか、どういう集団に入るかとかって純粋な好き嫌いではなくて極めて社会的なものなのかもしれないな…
public.icon
視聴 : 2021/9/24