人間本位
#Gen_AI
@kunukunu: いかにもそれっぽい画像を、容易にAI生成できるようになって、図表類への信頼がおけなくなると、あらゆる図表に関して、いちいち疑ってかかる必要性が出てくる。そうなると、すごいコストを払い続けることになるんだろうな。
@amntksr: ジンサンシバンムシの画像検索結果にタバコシバンムシの画像が混じることとトコジラミのマクロ写真の画像検索結果に(同一ドメインの)生成AIによる合成画像が混じることとで悪さに違いがあるのか
ハルシネーション
@ikapon1: 生成AIが十万文字以上のそれなりの小説を出力できるようになったら、ポン出しして手直しもしていない作品が賞に送られて、募集した側はそれを人の手と目で時間をかけて審査しなければいけないとか地獄すぎるよな。
@silverclock96: 人力で作られた手直しもされていないものが何千作も大量に賞に流れ込んでいる、Web小説投稿サイト上で既に普通に発生しているし、手直しされてない低質どころか規約守らないカテゴリーエラーも気にしない状態で、その辺をスルーしてAIで発生する新しい問題かのように語っているのが足りなさを覚え
@minaraimao: 絵描きに対して辛辣な物言いになってしまうけど、生成AIの破綻や違和感って画力にそぐわない崩壊の仕方だから気持ち悪いのであって、自虐で言ってるだけなのかもだけど手が上手く描けない人の画力は大体全体見ても納得できる感じだからそんな怯える必要ないんですよねってマジレスしたくなる。
芥川賞作「ChatGPTなど駆使」「5%は生成AIの文章そのまま」 九段理江さん「東京都同情塔」 - ITmedia NEWS
@Arimuri: AI作曲に特に危機感みたいなのを感じないのは、おれが選ぶ行為を異常に重視してるからやと思う、将来も神AIが作った1000000の神曲の中からおれが好きなやつを選ぶからおれが一番偉い
@Arimuri: 個性がAIに勝るとは思わない(作家性が高い=特徴量の抽出が容易ともいえるので) 選択のみがAIに勝るといってもいいかも その理屈だとDJはずっと面白いことが確定している
@ka2aki86: AI時代は「DJみたいな人」が強いって話は面白かった。会場の空気を読んで、世の中に存在する価値あるものを、適切なタイミングで適切に組み合わせるセンス。間(ま)を読む力とは芸術に近い。
DJというかコンポジットのように思う
@kasuga391: 私も「機械学習による創作物」に関しては推進派寄りなのだけど、pixivでほぼ同内容同構図のAIイラストを100枚ぐらいまとめて投稿している人を見ると、「この人は『価値判断』という人間の最後の砦まで機械に明け渡してしまったんだなあ」と悲しくなる。
@kasuga391: いやしくもAI“絵師”を名乗るなら、機械が虚無のノイズから浮かび上がらせた100枚の絵を吟味して、「これこそが私の表現したいものだ」という1枚を選ぶのが人間の仕事ではないだろうか。手描きの絵師は脳内でそれをやり続けているのだし。
@gnck: 「ちなみにAIに聞いたら次のように答えました」とか言ってるやつ全部読む気しない。出典を示しているつもりにしてはプロンプトと使用したAIを明示しないし、出てきたものを精査判断するか、そんなもんは叩き台にして自分の言葉で書いてくれないなら、お前の文章読まんで自分でプロンプト入れるわ。
@okotatsudoragon: 殺人罪、殺人未遂罪、傷害罪が既にあるのに「包丁で人を刺すな条例」「アイスピックで人を刺すな条例」「鉛筆で人を刺すな条例」とかは要らんだろ?って話を理解できない人は結構いる。
著作権法第30条の4は逆に著作権側の制限を目的にしている
@WANIwaniamemi: 絵画のような絵じゃなくても、デッサン狂ってても、震えた線しか引けなかったとしても、手じゃなくて足や口を使って描かれたものも、その人が積み重ねた日々、考えて向き合った結果蓄積したものが絵になるのであって、文字を打ち込んで機械に出力されたものは絵とは呼びたくないね。しかもその画像は
読むたびにずっこけるcovelto.icon 最初めっちゃいいやん
揮発性油→カメラ・オブスクラ→コンピューター→U-Net/Transformerで毎回発生してきた
Can Computers Create Art?
Tron / トロン(1982)
アーツ・アンド・クラフツ運動
チューリングテスト
@ikedanob: シンギュラリティが近いという人が多いが、それは間違いだ。人間の知性は身体にあり、AIに身体はないからだ。人型ロボットは身体の代わりにはならない。
AIはデカルト的な心身二元論の極致だが、それが限界だ。いかに言語能力を発展させようと、AIが世界の意味を知ることはできないのだ。
@cicada3301_kig: 例えば逆にn次元空間(3 < n)内で身体性をシミュレートされ世界を学習したAIが現れたとき、本当に人間は胸を張って「私の方が世界を肌感覚で知っている」と言えるのだろうか
超正常人間
@kaityo256: 知的活動で最も「重い」のは決断であり、AIとかがやってくれるのは決断以外の部分だから、AIが発達するほど単位時間あたりの決断の回数が増え、1回あたりの決断の影響が大きくなるので、仕事はどんどんキツくなっていくわけです。
@nishio: 全力でAIに合わせた働き方をしたら労働強度が強すぎて適応障害的なものになりかけたが、幸いその状態にあることをメタ認知できたし、裁量労働なので適当に休みを増やして解決することができた。近い未来にワークライフバランスの乱れが問題になると思っている。
@nishio: 簡単な話で、今までは「やさしい仕事」をこなしてたまに「難しい仕事」が混ざってる感じだったが、「やさしい仕事」をAIが全部やってくれたら「難しい仕事」だけが残る。これを普通の労働スケジュールで実行すると多くの人には過労になると言うことだと思う。
@nishio: 反対にAIと人間が伴走するタイプのツールでAIの作業をぼんやり眺めてる人は、従来よりも頭を使わなくなっているから認知能力が下がっていくと思う。どちらの極端も割と悪いから、うまくバランスさせていくことが必要になると思う。
社会科の映像授業で見た、高度経済成長期の工業化でベルトコンベアを熱心に眺める作業員をクビにした話をニコニコしながらしてた経営者の動画をまた見たい
なにも著作者や人工知能に関する話題に限った話ではない
当事者適格