即興小説〈まばゆく光る、燃える欠片を。〉
2024/10/15 21:54
code:チームメイト、コピー&ペースト、ガラスの破片
「おまえさ、なんでそういう感じなの」
蒸し暑さを流すように水を浴びて、校舎裏の流し場で涼んでいたサッカー部の桐島は、同じく、水に濡れた髪をタオルで拭いていたエースの宮村へ声をかけた。
真夏のきらめきを遠くにやりながら、宮村はぱちりと瞬きをして、「そういう感じ、って、何が?」と返した。すこし長い髪が風に揺れ、宮村はうすく目を細める。
「いや、こう。……なんつーの。馴染んでないっつーか」
桐島は自分でも言いたいことがうまくまとまらない様子で、がしがしと短い髪をかいた。不思議そうな顔をする宮村に、桐島は「あー」とか「うー」といった言葉以前のものを使いながら、おそるおそる言葉を手繰り寄せる。
「えーと、そう。他の皆は結構、練習終わりに励まし合ったり、雑談したり、放課後遊んだり、一緒にシューズ買いに行ったり……あるだろ、ほら」
「……うん。そうだね?」
それがなにか? と言いたげな宮村に、桐島は眉根を寄せながら続きを考える。蝉の声がぐらぐらと頭を揺らし、言葉がうまく出てこない。ここが日陰でなかったら、もっと時間がかかっただろう。そもそも、なぜ口下手な自分がこのようなことを言わねばならないのか、と、桐島は片隅で考え、この使命を言い渡してきたキャプテンを憎らしく思う。そして、短く息を吐き、自分に任せたキャプテンが悪いのだから、すべてを言ってしまおう、と思った。
「……つまりな。チームワークであるとか、部員同士のつながりであるとか。そういうのに影響が出ていると、キャプテンはお考えだ」
諦めをにじませて、すこし気まずさがあったので、斜め下を見ながら吐き出すと、宮村はやっと思い当たった、というように、「ああ!」と声を上げた。ほっとした桐島は今度は長く息を吐き、そして生ぬるい夏の風が涼し気に感じられるようになったことに安堵した。
宮村は、にっと片方の口角を上げて、桐島の目を覗き込む。安堵に水を刺された感じがして、桐島はうっと呻いた。
「それで、きみに、ちょっと注意してこいって?」
「あぁ……まぁ、そう。プライベートなことだし良いだろ、とは思ったけど、プレーに影響が出てそうなのも事実だし」
そう言いながら桐島は、直前の練習を思い出す。紅白戦で、宮村はずっといい位置につけていた。今パスすれば、間違いなく通るし、もし守られたとしてもプレッシャーのかかる良い攻めになるだろう……と、桐島は何度も考えた。しかし、そう考える桐島はボールを保持しておらず、そしてチームメイトから宮村へのパスは明らかに少なかった。少なくとも、桐島が宮村のポジショニングに気づく頻度より、はるかに。
宮村は、うぅん、と腕を組んで、ふと気づいて流れっぱなしだった蛇口を閉め、もう一度思案を巡らせる。桐島は手持ち無沙汰になり、ただ立っているのも気まずいので、校舎の壁に腰掛けるようにして体重を預けた。
「むずかしいね。チームメイトって、ただ仲良くしたほうがいいのかっていうと、僕は違うと思うんだけど。桐島はどう思う?」
途端に、澄んだ瞳でこちらを見やって宮村が問いかけてくるので、桐島はびくりとした。少し跳ねた心臓を落ち着かせるように呼吸し、まったく思いつかないことを隠すように思案のポーズを取る。ううむ、としっかり三秒ほど考えるフリをして、眉をハの字にして宮村に向く。
「……わからん。仲良しの方がいいんじゃないのか。支障出てるし」
宮村はくすりと笑い、それだよ、と指さした。ゆるりと桐島の隣にきて、同じように壁に体重を預けると、隣から桐島を見上げるようにして、じっと目をあわせる。
「きみの言ってることを裏返すと、つまり、“プレーに支障がないなら、仲良しでなくてもよい”ってことじゃない?」
桐島はより眉根を寄せ、何かもごもごと口に力を入れる。そして数瞬その言葉の意味を咀嚼すると、うん、と一つ頷いた。
「……たしかに、まぁ、そうともいう。俺は実際今日、何事もなかったら、言おうとは思わなかった」
「でしょ」
宮村がうれしそうに笑い、何かを確かめるように首にかけたタオルを撫でる。宮村はしばらく沈黙し、桐島から目を外すと、むこうに見える緑に視線をやった。夏の陽射しに光る木々を超えた先にはグラウンドがある。宮村の瞳はガラスのようになにかかがやかしいものを反射していて、桐島はその視線を追いかける。
「じゃあ、どういうことが必要なんだろう、って思うとさ、それって信頼だけじゃないかな」
だけ、という音がやけに強調されて響き、さらさらと鳴る葉擦れの音に紛れる。同じ景色を見ながら、桐島はぱちぱちと目を瞬かせ、言葉の意味を咀嚼する。信頼だけ。その響きには、どこか人を傷つけかねない危険なものがある。光から陰へ視線を移動させて、じっと探る桐島を眺めて、宮村は薄く微笑んでいる。
「“仲の良さ”は信頼ではない、ってことか? ……イマイチわかんねーな」
やっとのことで手繰り寄せたものをおそるおそる置いて、桐島はがしがしと頭をかく。宮村はくすりと笑って、楽しそうに身振りした。
「そ。ていうか、馴れ合いだよね、そういうの。僕が欲しいのってそういうのじゃないんだ」
一、二歩、ゆっくりと、宮村は壁から離れる。難しい顔をしていた桐島は、そのゆるやかな動きに目線を取られる。ざり、と砂が擦れるような音がする。宮村はくるりと向き直って、また、にっと笑った。
「桐島。きみはあまり声を出さないけど、誰よりも“見えてる”。さっきの試合、僕に気づいてパスを出したのはきみだけだ」
桐島は不意をつかれたような気がして、瞠目する。確かに、一度か二度、自分宛てに出されたボールを、受け取った途端に宮村へ流した。けれど、桐島は、自分が宮村の位置に気づいた、ということを自分の中で完結させていたから、それが誰かに伝わるとは少しも思っていなかった。なんだか、心の中を見透かされたような気がして、ガラスの瞳から逸らして、言い訳じみて呟く。
「そんなの、誰だって……あの位置におまえがいるなら、ボールが渡れば、ぜってー点取れるだろ。なら、パス出すに決まってる」
「それだよ!」
大きな声に、桐島はびくりとする。宮村は気にした様子もなく、喜色満面の笑みを浮かべて、桐島の胸を指さした。
「それなんだ、桐島。僕ときみは仲良しではないけれど、僕はきみが気付くと思ってあそこにいて、きみは僕が獲ると思ってパスを出した」
「あ、あぁ……それが?」
急に身振りを大きくし、やたらとテンションの上がった宮村に、桐島は若干引きぎみになりながら答える。宮村はにぃ、と少し質の違う笑みを浮かべ、桐島の目を覗き込んで言う。
「僕は、それがどれほど憎く殺したい相手だろうと、必要とあらばボールを渡すし、絶対にパスが来ると思ってポジショニングする」
ざぁ、と風が吹く。宮村の目には、どうしようもないほど燻る熱と、鋭く尖った、破片のような、成形されていない危うさが揺らめいている。桐島は喉元に透明な刃が当てられているような気がして、唾を飲み込む。
「それが、信頼だ。僕に必要な、向けられるべきもの」
桐島は、呼吸も忘れて、ゆるやかに考えはじめる。揺らめく宮村の瞳はなにかを伝えようとしている。おそらくそこにある言葉も同じように。眼球を左右に動かして彷徨わせる。光、陰、緑、水、そして瞳。じっと止まった視線が数瞬保たれると、宮村は肩の力を抜くようにふっと笑った。
「……ま、だから、仲良くする気はあんまりないんだ。それって、勝ち取らなきゃだから」
くるりとまた反転し、ゆっくり歩いていこうとする宮村の姿は、なんとなく寂しい気がした。桐島は、言葉や思考で満たされた頭がぐるぐると回っていくのを感じる。まとまらないそれらのすべてが、血を巡りながら、心臓の真ん中に熱を持って吸い込まれていくような感覚がする。
きっと、何かを言わねばならない。桐島はそう思う。宮村の姿はどこか孤独で鋭利で、人を傷つける鋭さと同時に、光を透したような輝きがある。校舎裏の陰から陽の差す方へと歩く宮村は、すべてを置いていって、ただひとりで立とうとするようだ。これを、手の届かないものにしないために、何かを言わねばならない。そう考えるほどに思考は廻り、そして心臓の熱が燃え盛ってゆく。融解しそうなほどに心に溜まったそれがはりつめたときに、桐島はふと、溢す。
「ーーそうか」
宮村が振り返り、疑問を示すように小首をかしげる。陽に当たる髪は細く長く、透き通るようだった。桐島は地を踏みしめて、一歩、二歩と宮村に近づき、そして隣に、陽の下へ立つ。それを、宮村は目線で追う。
「つまり、ここにあるのを、プレーでぶちまけて、わからせりゃいいってことだな」
ちらりと宮村に向き、とん、と心臓のある部分を拳で叩く。叩かれた宮村は、軽い衝撃が体につきぬけ、ぱちぱちと目を瞬いて、桐島を見上げる。視線に桐島は、にぃ、と笑って、進む。その後姿に、宮村は追いすがるように手を向けて、呼び止める。
「え、ちょっと! どういうこと?」
「どういうこと、もなにも」
困惑を浮かべる宮村に振り返って、桐島は、いたずらを企むように笑う。真夏の強い陽射しが、桐島を照らし、熱を込める。
「協力してやる。常々あいつらバカだと思ってたんだ、わからせてやろうぜ。おまえがどれだけすげーやつかってこと」
休憩終わるぞ、と付け加えて、促すようにグラウンドへ歩き出す桐島に、呆然としていた宮村は、ふと、自分の身体が軽くなっていることに気付く。心の中で、頭の中で唱えていた呪いのような言葉が薄まっていることに気付く。まだ足りないのだ、圧倒的にならなければならないのだ、と、苛んでいたものがーー自らで勝ち取り、掴み取らなければならなかった“信頼”が、薄い線のようなかたちで、遠のいてゆく後ろ姿と繋がっている。
宮村は、自分の口角が上がっていることに気づいて、湧き上がってくる、大きなエネルギーのようなものが全身に巡るのを感じる。くっ、と、笑い声が漏れて、小さく息を吸う。そして、地を踏みしめ、強い足取りで、追いかける。
「待ってよ、桐島!」
陽の中へ消えていく二人の後ろ姿に、蝉の声が重なる。グラウンドの向こうからは笑い声が聞こえ、ざぁ、と撫でるような風が吹く。
繋がり始めた薄い線は、徐々に形を確かにしていく。鋭く燃えるまばゆい欠片は、互いの胸へとうつされた。
確かな線で繋がって、同じかたちを持つものたち。やがてそうなった二人のことを、世界は確かに、仲間と呼んだ。
光は、生命を謳うように、力強く降り注いでいた。
題等
チームメイト
仲間。
難しい距離。心が通じ合ってないといけないわけではないが、何かを信じてなければ“チーム”にはならない。
心を開く必要はない。何かの糸でつながるもの。
コピーアンドペースト
複製してどこかへ持っていく
モブ。同じようなものたちの群れ。
あるいは、同じものを相手の心にも持たせる。
ガラスの破片
光を通すかがやいたものの欠片
しかしそれは人を傷つける
踏むとじゃり、という音がして、それが人に刺さるものだと恐怖する。
2024/10/15 1703/40min 明日へ引き継ぎ
うすい線のようなもの
桐島に複製される、考えと気持ち
「まずは、じゃあ、俺がお前を信じる」
プレーでそれを見せれば良い
2024/10/16 686/30min
あともう何分かけたかわからないけど、続きの2000文字ぐらい。
1時半~5時ぐらいまでかかっている
総計 4258文字