ARDS
急性呼吸窮迫症候群:Acute respiratory distress syndrome
#呼吸器
<参考>授業資料、朝倉
【定義】
細菌性・ウイルス性重症肺炎、敗血症、誤嚥などを先行とする基礎疾患あるいは外傷などにより、発症1週間以内に5cmH2O以上の陽圧換気下でP/F≦300mmHgの低酸素血症を認め、CXR上では両側性陰影を認め、かつ心不全、輸液過剰ではすべて説明できない肺水腫。<朝倉>
【概念】
肺への直接・間接的な障害により惹起される血管透過性亢進型肺水腫であり、急激な低酸素血症を呈する。胸部X線写真では両側性の肺浸潤影を認め、かつ純粋な心原性肺水腫を除外できるもの(心不全を合併していてもよい)とされている
過度の炎症により肺胞上皮細胞・肺血管内皮細胞が障害→血管透過性亢進
Ⅰ型呼吸不全。シャントの増加
【原因】
1.好中球、肺胞マクロファージ、樹状細胞などの炎症細胞が活性化
2.炎症性サイトカイン、脂質メディエータなどが放出
3.組織障害を引き起こす
ex. 敗血症<間接障害>
〇TLR(細菌やウイルスの構成成分を認識する)による自然免疫系の関与が重要
➀LPS(最近の細胞壁のエンドトキシン)が血液中に放出
②単核食細胞などのTLRを介して細胞内にシグナルを伝達→炎症性サイトカインやメディエータの産生を促す(2)
③これらのメディエータは再び血液を介して肺などの血管内皮細胞に直接作用し、好中球の接着・遊走を促し(1)、局所に集簇させる
④活性化した好中球は、活性酸素・蛋白分解酵素、脂質メディエータなどを放出(2)
⑤血管透過性亢進と組織障害の増幅
*肺は毛細血管網が豊富で、好中球などが集簇しやすいため標的臓器になりやすい。また動揺の反応がほかの臓器でも起こることで多臓器不全を引き起こす。
ex. 重症肺炎<直接障害>
➀肺胞マクロファージを活性化して、放出されるサイトカインやメディエータが肺内への好中球の遊走と集簇、活性化をきたす
②その過程で、肺胞毛細血管が障害され、透過性亢進が生じる
③肺内で産生された炎症性サイトカインは血中へと再び放出され、間接損傷と同様の機序で多臓器の組織障害をきたす
直接損傷:肺炎、胃内容物の誤嚥、> 脂肪塞栓、吸入障害(高濃度酸素、有毒ガスなど)、再灌流後肺水腫、溺水、放射線肺障害、肺挫傷
間接損傷:敗血症、外傷、高度の熱傷、> 心肺バイパス術、薬物中毒(パラコート中毒など)、急性膵炎、自己免疫疾患、輸血関連肺障害(TRALI)
→SIRSの一分症としてのPIRS(肺の炎症反応症候群)
【重症度】
Mild ARDS:200mmHg<P/F比≦300mmHg with PEEP or CPAP 5cmH2O
Moderate ARDS:100mmHg<P/F比≦200mmHg with PEEP >5cmH2O
Severe ARDS:P/F比≦100mmHg with PEEP >5cmH2O
【病理】
びまん性肺胞障害(DAD:diffuse alveolar damage)を呈する
急性期(滲出期:1-7日):間質および肺胞腔内の浮腫、硝子膜の形成、炎症細胞の浸潤
亜急性期~慢性期(増殖期:7-21日、線維化期:21日以降):線維芽細胞の増生、線維化
【病態生理】
強い炎症が惹起されることによる肺胞隔壁(血管内皮、肺胞上皮)の透過性が亢進→非心原性肺水腫
➀透過性亢進→肺水腫+肺の炎症
②肺胞腔への滲出液の貯留+細胞浸潤
肺水腫:重力効果+静水圧の影響で下肺野・背側に強く発現
肺サーファクタントの欠乏(浮腫液による希釈+Ⅱ型肺胞上皮細胞の障害による産生低下d)→肺胞虚脱が進んで静肺コンプライアンス低下
広範な肺水腫+肺胞虚脱→肺内シャント→高度の低酸素血症
炎症性メディエータの作用+低酸素性血管スパズムc→換気分布異常、気道抵抗の上昇により換気力学の変化a
換気血流比不均等分布、拡散障害、肺血管抵抗の上昇、肺サーファクタント機能不全→ガス交換障害
【自覚症状】
発熱、動悸(心悸亢進)の出現、急激に進行する体動時息切れ→安静時呼吸困難
重症肺炎、敗血症、侵襲の高い手術後、外傷後などに急速に進む呼吸困難+低酸素血症
【身体所見】
心原性肺水腫との鑑別が重要
視診:表情は苦悶様、頻呼吸、努力呼吸、チアノーゼ
不安と呼吸困難のため不穏、意識障害
ピンク色泡沫状の痰
聴診:気管支呼吸音の増強、不連続音。coarse crackles
多臓器障害を呈した場合、障害を受けた臓器を反映した所見
【検査】
<動脈血ガス分析> P/F比≦300mmHg Ⅰ型呼吸不全→病状の進行と酸素投与量の増加によりⅡ型呼吸不全
血液ガス:PaO2↓↓、A-aDO2の開大、PaCO2(過換気)
<L/D>
WBC増加、CRP上昇 ※敗血症などではWBC減少も
DIC合併に注意:血小板、フィブリノゲン分解産物FDP。或いはD-dimer、フィブリノゲン、肝酵素
BNP≦200pg/mL→ARDS、BNP≧1200pg/mL→心原性肺水腫
<TTE>
<CXR>
急性期:両側性の浸潤影(必ずしもびまん性ではなく、左右非対称・上下肺野で程度の差あることも)
増殖期~:肺容量減少、牽引性気管支拡張像
<CT>評価が難しい場合
所見は時期によって異なる。HRCTではすりガラス状陰影(斑状・広範に)
進行すると気管支拡張像や容量減少などの構造改変
<その他> 関節損傷によるものでは播種性血管内凝固の頻度DICが高い
【鑑別診断】
心原性肺水腫:左房圧の上昇、左室の収縮能低下もしくは拡張不全、BNP高値、利尿薬に反応
肺炎:両側肺炎で定義を満たせばARDSと診断。原因病原体の検索と抗菌薬投与
急性間質性肺炎 AIP:先行する基礎疾患がない。病理はDADパターン。ARDSより経過は緩徐
特発性器質化肺炎 COP:亜急性の経過。BALF中にリンパ球増加。ステロイドが有効。
過敏性肺炎 HP:吸入抗原暴露歴あり。びまん性小粒状陰影。BALFでの好酸球増加。ステロイドが有効
急性好酸球性肺炎:若年者の喫煙開始が契機。広義間質陰影、BALFで好酸球増加。ステロイド著効
粟粒結核:全肺野の粟粒陰影、浸潤陰影、低酸素血症でARDSと合併。結核菌の証明と抗結核薬
びまん性肺胞出血:血清BALFとヘモジデリン貪食マクロファージの確認。ステロイドが有効
癌性リンパ管症:亜急性経過。悪性腫瘍の存在。広義間質陰影。要鑑別
薬物性肺障害:薬剤投与との時間的関係。ARDS様病態を示す薬剤報告の確認。原因薬剤中止とステロイド投与。
その他の非心原性肺水腫:再膨張性肺水腫、輸血関連肺障害、放射線肺臓炎、神経原性肺水腫、高値肺水腫
【合併症】
<呼吸循環器系合併症>
循環不全(ショック)
人工呼吸器関連肺炎(人工呼吸器開始48時間後に発症した院内肺炎)
エアリーク:気圧外傷ともよばれる気胸、縦隔気腫、皮下気腫
人工呼吸器関連肺損傷 VILI:人工呼吸器による肺胞の過膨張と虚脱再膨張に伴う損傷。圧損傷、容量損傷、無気肺損傷のような物理的損傷だけでなく、ARDSの病態として大量に産生されるサイトカイン、メディエータによる肺損傷の関与もある。
肺の線維化
肺高血圧 PH
<全身性>
DIC
多臓器不全 MOF
敗血症性ショック
【予防】
ARDS発症リスクをもつ患者では、低容量換気と輸血の制限が、ARDSの発症予防として重要
【治療】
1.呼吸管理:肺保護を念頭に置いた人工呼吸管理
ARDSの酸素化障害:肺内シャントの増加→PEEPによる虚脱した肺胞の開放
(基本)人工呼吸関連肺損傷を避ける肺保護換気法:低容量換気(1回換気量6-8mL/kg予測体重)を用いて肺の過進展を避け、気道内圧を低く維持することが重要。※この結果としてのPaCO2の上昇は許容する。※頭蓋内圧亢進がある場合は禁忌。
高濃度酸素による肺損傷を回避
自発呼吸温存
(目標)SpO2>89-92%、PaO2>60mmHg
<一般的な人工呼吸器の設定>
1.FiO2:初期設定は1.0、その後PaO2>60mmHgとなるようにFiO2を適宜下げる
2.一回換気量:6-8mL/kg。圧規定換気様式ではプラトーとなる気道内圧を30cmH2O以下とする
3.換気回数:10-30回/分、自発呼吸がある場合は部分的換気補助を選択
4.PEEP:5cmH2Oから開始
5.高二酸化炭素血症の許容:PaCO2<80mmHg、pH>7.2
<人工呼吸器の離脱開始条件>
1.ARDSの背景病態が改善傾向にあること
2.酸素化能が充分であること
FiO2≦0.6でP/F≧200mmHg、SpO2≧90%、FiO2≦0.4かつPEEP≦5cmH2OでPaO2≧60-100mmHg
3.吸気を行う能力がある
4.循環動態の安定(昇圧薬が持続投与されていても高用量でなく投与量が安定していればよい)
2.薬物療法:低用量副腎皮質ステロイド、抗菌薬
ARDSの病態が好中球を中心とした炎症細胞に伴う透過性亢進型肺水腫→ステロイド(広範囲に抗炎症作用)
現状で生存率を改善した薬物療法は報告されていない
日本ではステロイドパルス療法(有効性は証明されていない)
成人ARDSにメチルプレドニゾロン1~2mg/kg/day相当を考慮してもよい
ステロイドは、感染症増悪、糖尿病、神経筋障害を誘発する
3.水分管理、栄養療法
【予後】
死亡率40-50%
直接死因:敗血症などの感染症、MOF >呼吸不全
予後不良因子:COPD、アシドーシス、アルコール依存症、肝疾患、腎不全、高齢、臓器移植者、悪性腫瘍の合併
※両肺野にすりガラス様浸潤影がみられ呼吸困難を呈する場合
➀ARDS
②特殊な肺炎(ニューモシスチス肺炎、マイコプラズマ肺炎、麻疹ウイルス肺炎、サイトメガロウイルス肺炎)
③ARDS以外の肺水腫