USV研究にも重要な社会行動の関連事項
ここでは、USV研究をする上でも重要な社会行動の知見を少し、サクッとまとめておこうと思います。
USVsが観察される主要な場面としては、養育中と雌雄が出会う場面です。
ので、養育・母仔関係や性行動の知識が重要になってきます。
哺乳類にとっては、生殖関連の行動や機能が生存と進化上、不可欠になっています。
そしてこれら場面で、USVsが観察されるというわけです。
性行動は、しないと次世代が生まれないしpupUSVsが観察できないですね。いや、pupUSVsが先にあって成長後に求愛発声をするのだな。そんなことを考えさせるタイトルの総説があります。
Capas-Peneda, S., Saavedra Torres, Y., Prins, J. B., & Olsson, I. (2022). From Mating to Milk Access: A Review of Reproductive Vocal Communication in Mice. Frontiers in behavioral neuroscience, 16, 833168. https://doi.org/10.3389/fnbeh.2022.833168
can-no.iconフランスの人を中心にヨーロッパの人の論文って、ナチュラルに英文でもvocali"s"ationsって書いてるんですよね。
【録音実験の方法としてのResident-intruder paradigm】
Resident-intruder paradigmは知っておいた方がいろんな論文を読む上で楽です。
模式図はUSVsの種類と "どっちが鳴いてるか" 問題に載せています。
被験個体をホームケージに慣らしておいて、試験時に他個体をホームケージに入れて観察する方法です。
以下の総説を挙げておきます。
Kikusui, T. (2013). Analysis of Male Aggressive and Sexual Behavior in Mice. In: Touhara, K. (eds) Pheromone Signaling. Methods in Molecular Biology, vol 1068. Humana Press, Totowa, NJ. https://doi.org/10.1007/978-1-62703-619-1_23
この方法は、攻撃行動を見る際にめちゃ使われますが、マウスやラットの攻撃行動と言えば、Klaus A. Miczek がめちゃ有名なので、総説を1本挙げておきます。
Miczek, K. A., Maxson, S. C., Fish, E. W., & Faccidomo, S. (2001). Aggressive behavioral phenotypes in mice. Behavioural brain research, 125(1-2), 167–181. https://doi.org/10.1016/s0166-4328(01)00298-4
攻撃行動にせよ性行動にせよ、縄張り行動としての側面があり、少なくなくとも求愛発声もそのような行動の一つなので、自然に行動を観察するためには有用な手続きということですね。また、F-FやM-MのUSVsでもresidentかintruderかで発声の有無が変わるので、やはり重要です。
【養育環境や母仔関係】
幼少期における養育者との親和的関係構築の重要性は非常に有名なHarlowのサルの実験や、
Harlow, H. F. (1958). The nature of love. American Psychologist, 13(12), 673–685. https://doi.org/10.1037/h0047884 http://users.sussex.ac.uk/~grahamh/RM1web/Classic%20papers/Harlow1958.pdf
BowlbyのAttachment theoryが非常に有名ですね。
このような幼少期環境の重要性は実験動物や伴侶動物、家畜にも広くみられます。
フリーダウンロードじゃないんですが、日本語では総説を書きました。
https://cir.nii.ac.jp/crid/1520290884284598784
「向社会行動の進化の道筋をめぐる議論の整理」 瀧本彩加 https://doi.org/10.2502/janip.65.1.4
家畜化と向社会性については、瀧本さんのこちらの総説をお勧めします!
幼少期の母子分離操作が、成長後にも不安傾向を増すことは、古くからラットでも有名です(ストレスを取り除いた後も高ストレスホルモン状態が続きます)。
Levine, S., Haltmeyer, G. C., & Karas, G. G. (1967). Physiological and behavioral effects of infantile stimulation. Physiology & Behavior, 2(1), 55–59. https://doi.org/10.1016/0031-9384(67)90011-X
ちなみにこの Seymour Levine さんは、若い頃から大活躍でこの手の研究をたくさん残してて、えらい!って思いますし、案外こう言う重要な研究は、APAの古いジャーナルとか Physiology & Behavior にいっぱい載ってるので、Physiology & Behavior もえらい!って思います。
このような母子分離ストレスによる、幼少期の養育によるケアの剥奪は、仔の成長後に影響を残します。
例えば(総説を引用しながら)、
雌であれば成長後の母性行動が減少し、不安傾向が強まり、
Kikusui, T., & Mori, Y. (2009). Behavioural and neurochemical consequences of early weaning in rodents. Journal of neuroendocrinology, 21(4), 427–431. https://doi.org/10.1111/j.1365-2826.2009.01837.x
Meaney M. J. (2001). Maternal care, gene expression, and the transmission of individual differences in stress reactivity across generations. Annual review of neuroscience, 24, 1161–1192. https://doi.org/10.1146/annurev.neuro.24.1.1161
Mogi, K., Nagasawa, M., & Kikusui, T. (2011). Developmental consequences and biological significance of mother-infant bonding. Progress in neuro-psychopharmacology & biological psychiatry, 35(5), 1232–1241. https://doi.org/10.1016/j.pnpbp.2010.08.024
雄であれば不安傾向の上昇に加え、攻撃性の上昇、性行動の低下などが起こります。
Kikusui, T., & Mori, Y. (2009). Behavioural and neurochemical consequences of early weaning in rodents. Journal of neuroendocrinology, 21(4), 427–431. https://doi.org/10.1111/j.1365-2826.2009.01837.x
Mogi, K., Nagasawa, M., & Kikusui, T. (2011). Developmental consequences and biological significance of mother-infant bonding. Progress in neuro-psychopharmacology & biological psychiatry, 35(5), 1232–1241. https://doi.org/10.1016/j.pnpbp.2010.08.024
(この2つは上の3つの内のものと同じ論文です)
また、養育関係は、母子双方がインタラクションの中で違いに高め合っていくもので、性経験・出産・養育中のさまざまな刺激が母個体の母性を上昇させます。以下総説は、このこととオキシトシンの働きを解説しています。
Nagasawa, M., Okabe, S., Mogi, K., & Kikusui, T. (2012). Oxytocin and mutual communication in mother-infant bonding. Frontiers in human neuroscience, 6, 31. https://doi.org/10.3389/fnhum.2012.00031
齧歯類では、そのような仔から母への刺激の1つがpupUSVsであるということになります。
pupUSVsの機能や生物学的意義は、このような背景の中で捉えていく必要があります。
上記引用文献からもわかりますが、日本のこの分野では、菊水先生らの貢献が非常に大きいです。
日本語の文献としては、USVsにも触れているので、以下が良いでしょう。
「母仔間コミュニケーションによる生物学的絆形成」岡部祥太・菊水健史 https://www2.jsbs.gr.jp/LEARNED/12.HTM
【性行動と性ホルモンの作用】
can-no.icon僕はハタチくらいの頃からこの分野にいたので、、、何から話せば良いか... という感じです。
行動に対する性ホルモンの働きについては、小川先生の総説にあたってもらうことにしましょう。
小川 園子 「社会行動の調節を司るホルモンの働き」動物心理学研究 https://doi.org/10.2502/janip.63.1.7
(ちな、2021年冬から2023年まで、動物心理学研究の編集幹事やってます...!)
https://scrapbox.io/files/63311657c6b397001d818d7d.png
この図は、一般的な雄の性特異的行動の分化・制御機序と過去の論文から推測される仮説、たぶんに仮説を含むんですが、まぁこんな感じだろうという模式図です。ARはアンドロゲン受容体、ERはエストロゲン受容体です。ちなみに、ダイハイドロテストステロン(DHT)というアンドロゲンもあって、これはエストロゲンへの変換(芳香化)をされないアンドロゲンでARに結合します。蛇足ですが、雌のエストロゲンも1回テストステロンを作ってからエストロゲンが作られています。
性行動は、しないと生殖が始まらないわけですが、性行動に至る過程だってあるわけです。
そういう過程で見られる行動は precopulatory behaviors と呼ばれ、性的動機づけの指標となっています。
Burns-Cusato, M., Scordalakes, E. M., & Rissman, E. F. (2004). Of mice and missing data: what we know (and need to learn) about male sexual behavior. Physiology & behavior, 83(2), 217–232. https://doi.org/10.1016/j.physbeh.2004.08.015
そして、雌尿への嗜好性と並んで precopulatory behaviors として挙げられるのが、求愛発声です。
詳しくは、情動表出としての求愛発声と性ホルモン参照。