情動表出としての求愛発声と性ホルモン
哺乳類にとっては、生殖関連の行動、すなわち、子育て行動と性行動が生存・繁殖、そして進化に必須なわけです。進化的な適応度は生存率×繁殖率ですからね(厳密には、これを数世代に関して算出するんだったと思います)。
マウスの求愛発声も、性行動と同様に雄特異的行動としての側面が強く、性ホルモンによる制御を強く受けます。
【性ホルモン・性行動との関係】
Burns-Cusato, M., Scordalakes, E. M., & Rissman, E. F. (2004). Of mice and missing data: what we know (and need to learn) about male sexual behavior. Physiology & behavior, 83(2), 217–232. https://doi.org/10.1016/j.physbeh.2004.08.015 こちらのRissmanらの総説では、USVsも含めた雄マウスの性特異的行動とホルモン作用についてまとめています。
この論文では、性行動をprecopulatory behaviorsとcopulatory behaviorsに分けて考えていて、
precopulatory behaviors:sexual motivation(性的動機づけ)の指標
copulatory behaviors:sexual performanceの指標
と、しています。
そして、雌尿への嗜好性と並んで precopulatory behaviors として挙げられるのが、求愛発声です。
mount、intromissionなどの交尾行動は雌の受け入れという関係性の問題があり、mount時に反射としての雌の受容姿勢(ロードーシス lordosis)を引き起こさせるためには、雄が前肢で発情雌の後肢の付け根を上手く抱き抱えないといけません(ラットに対しては、ヒトの手でもlordosisを起こせます)。ですので、交尾行動はsexual performanceと言えそうです。
それに対し、発声は、雄が雌の前で勝手にすれば良いので、雄側の(一方的な)性的動機づけと言えそうです。
Nunez, A. A., Nyby, J., & Whitney, G. (1978). The effects of testosterone, estradiol, and dihydrotestosterone on male mouse (Mus musculus) ultrasonic vocalizations. Hormones and behavior, 11(3), 264–272. https://doi.org/10.1016/0018-506x(78)90030-2 それ故、こちらの論文ではイントロで "measures of male vocalizations provide an index of sexual motivation independent of male copulatory performance." と言っており、また、去勢すると求愛発声が低下し、去勢後にテストステロン、エストロゲンの補填で発声が回復することを示しています。
軽く触れておくと、テストステロンはアロマターゼという酵素でエストロゲンに変換されます。なので、精巣由来のアンドロゲン(その代表がテストステロン)はARに結合する場合とエストロゲンになってERに結合する場合があります。ERは、雄特異的行動の発現に作用することが非常に多いです。
ダイハイドロテストステロン(DHT)はエストロゲンに変換されないテストステロンでARに結合します。この論文でもDHT投与はUSVsの回復をしなかったので、求愛発声はER経由で促進されてるんじゃないかと思われます。
Sipos, M. L., & Nyby, J. G. (1996). Concurrent androgenic stimulation of the ventral tegmental area and medial preoptic area: synergistic effects on male-typical reproductive behaviors in house mice. Brain research, 729(1), 29–44. https://doi.org/10.1016/0006-8993(96)00148-5 1つ上の論文の著者の1人でもあるNybyは、求愛発声に対する性ホルモンの作用などを、めちゃくちゃ研究しました。求愛発声に関して最も論文を書いたのがNybyです。僕はどこまでいけるかなぁ。Nybyを尊敬しています。こちらの論文では、去勢雄に対し、脳の部位特定的テストステロン注入をしています。視床下部視索前野(POA)と中脳腹側被蓋野(VTA)への注入が、求愛発声と性行動を同時に回復させます。発声だけならPOAのみでも十分なようです。POA-VTA経路は性的動機づけを担うことでも有名な回路で、VTAはドーパミン神経が局在する場所ですね。
射精後には、性行動を示さなくなる性的不応期があります。射精後から次の性行動を示すまでが不応期です。性行動実験中にUSVsを計測した結果、この不応期の間はUSVsが観察されません。
これらのことから、求愛発声は性ホルモン依存的な性的動機づけの表出、つまり情動表出になっています。
【情動表出としてのその他の特性】
こちらは、USVガチ勢友達の松本さんの論文です。
https://scrapbox.io/files/63314552b6adc9001d417a96.png
その論文のFig. 4では、性行動実験の進行段階に応じて発声の音響特性が変わることが示されています。横軸が時間・縦軸が周波数で表されたソナグラム(スペクトログラム)です。ヒトの声紋を見るときにも使われてますね。
ES; vocalizations with sniffing during the first minute following intro- duction of the female
MS; vocalizations with sniffing for 3 min between 1 and 7 min after the introduction of the female
MM; vocalizations with sniffing and three or more instances of mounting behavior for 3 min between 1 and 7 min after the introduction of the female
LS; vocalizations with sniffing during the last 3 min to the end of record- ing
性行動の進行段階とUSVsの関係を示しています。性行動のマウントが見られ時間帯では、周波数変化が激しくdurationが長い音節が見られています(論文中では「長くて周波数ジャンプがある音節」の長さは60ms以上としています)。
このように、同一個体内でも使われる音節が行動に応じて変化しており、性的活性が高まっている状態ほど周波数変化の激しい声が出ている(情動の表出になっている)ことがわかります。
※ 発声回数自体は出会い頭の方が多いことが他のFigsで示されており、しかし初期は穏やかな声なんですね。
Kuwaki, T., & Kanno, K. (2021). Sexual excitation induces courtship ultrasonic vocalizations and cataplexy-like behavior in orexin neuron-ablated male mice. Communications biology, 4(1), 165. https://doi.org/10.1038/s42003-021-01696-z ちょっと違った角度から、求愛発声が情動表出になっていることを示した例です。鹿大医学部の桑木先生(現 名誉教授)と僕の共同研究です。ナルコレプシーという突然パタっと寝てしまう病気があり、この突然寝てしまう発作をカタプレキシーというのですが、オレキシン神経を欠損させたマウスでも起こります。ヒトや犬では、カタプレキシーは快情動を伴う場面で起きやすいことが分かっています。例えば、犬だとご主人さまが帰ってきてバウバウした時などだそうです。で、このマウス、普通はマウスの活動期である暗期にカタプレキシーを起こします。しかし、雄のオレキシン欠損マウスを雌に会わせると明期でもカタプレキシーを起こすことが分かりました。そこで、USVsを計測してみるとカタプレキシーを起こす前に盛んに発声をしており、発声が多いものほど発作が多いことがわかりました。
このことから、求愛発声は非常に強い情動の表出と言えるだろうと考えています。