下着戦車開発記
scrapboxこういう物も書いて良いんだろうな
下着戦車の開発の歴史は、JTで使用される実用台形履帯の試行錯誤の歴史そのものである。(誇大表現)
2020年夏頃の下着重工のJT参戦以来、様々な技術を用いてJTの台形履帯戦車に新たな風を吹き込んできたが、一方でその始まりは実にのんびりとした物でもあった。
N世代 = N号
N世代のM番目の車両 = N号M型
N世代のM番目の車両の第Oマイナーチェンジ = N号M型O式
第一世代
(ここに画像 一号一型)
第一世代の実戦経験は一度二度に限られる。まずは「一切の手助けなしに、なんとなくで作ったものがどれだけ通用するのか」ということを見極めることが目的であったため、その性能は察するにあまりある。
砲塔の旋回がステアヒンジではなくコグで行われているのがハイライト。
また、見聞きした「履帯のヒンジを傾けると良い」という言葉だけ切り取った結果、ヒンジを逆向きに傾けて走行性が悪化している。
この時点で履帯に内部フレームを入れている辺りに、ガンタンク履帯からの影響を感じることができる。
第二世代
(ここに画像 二号二型)
想像に難くないが第一世代が無惨な結果に終わったため、ちゃんと先駆者に倣うこととした。教材はガンタンク。
台形面を張れるようにコグは4つにし、丸太を内部フレームに用い、コグは二重。
模倣元が模倣元のため、走行の安定性がかなり高いことが特徴。一方で丸太を用い、32個ものコグを用いているせいで、火炎が天敵であった。このため車両の全焼を避けることは車体の設計の最優先事項だった。
また、プレート履帯であることを忘れてはならない。履帯を全て撃って剥がせばHPがすごい勢いで削れる。
弱点ボムの爆発で履帯が燃え、履帯のプレートを剥がされて全損することは第二世代履帯の克服不可能な欠点だった。
二号一型
反動制御のやり方がわからなかったため、ブレースでガチガチにした主砲、威力を抑えた反動制御をする必要がない副砲を搭載。
サスペンションでびろんびろんで狙いようがない主砲と、切り替えて撃つには手が忙しすぎる副砲に挟まれ、「忙しい割に強くない」戦車として計画は放棄。
二号二型
ナンバリングと順序が前後するが、第三世代の失敗後、第二世代履帯の改良を行ったその最初の車両が二号二型である。
履帯の改善によって動作は安定、またサスヒンジによる設計に挑戦している。
結局剛性を保つために大量のブレースに頼っているが、その一歩として充分なものだろう。
平原マップ中央の灯台周辺で、その台形履帯をフルに活かし敵車を乗り越え、無傷でダブルキルした武勇伝を産んだ名車(喧伝)
砲塔につけた飾りとボムを保護するプロウの配置がお気に入りであり、その後も幾度か近代化改修や、デザインをそのままにしリメイクが存在するなど、現在でも下着重厚を象徴する車両である。下着重工本社ロビーにある1:1レプリカはこれだ。
二号四型
こちらも順序が前後する。二号三型の前に設計された。
砲塔を丸太や大コグで構築、サスペンションを備えたが、グラバー砲ではなかった。
ポルシェティーガーのような車両を目指して大型装甲や大型砲塔を持っていたが、結果として絶望的なほどフロント・トップヘビーに。
下着重工初の重戦車となるが、戦績は良くなかった。
二号三型、二号五型〜は第三世代、第四世代の開発以降なので後ほど。
第三世代
(ここに画像 三号三型)
第二世代履帯の初期には接触判定由来の欠陥があった。
設計者がbesiege接続学に疎かったため、第二世代では丸太の埋め込みによる問題、角度依存でサスペンションが履帯のヒンジに接続してしまう問題に悩まされることとなる。
その割に第二世代履帯はコライダーやトリガーの限界を詰めるような設計をしており、どこを動かして良いのかがわかっていなかったため、第二世代の登場から程なくして履帯を新造して解決することとなった。
その結果が三型履帯である。サスペンションを事前に限界まで下に設置しておきヒンジから遠ざけておくことで、問題を回避する脳筋ソリューションは、そもそも通常走行の時点でサスペンションを限界まで押し込んでいるため、走ってるだけで負荷でサスペンションが飛んでいく大欠陥を晒した。
履帯の欠陥はさておき、この頃「履帯、車体、砲塔を別に設計し、目的や状況に合わせて組み替える」施策を採用。
このために、二号履帯と三号履帯の互換性は確保されており、一方で作られた車体を他方の履帯に移植することが可能に設計されていた。
このため、三号履帯にはナンバリングとして「一型車体」と「二型車体」は存在しない。これは一型車体と二型車体が第二世代に既にあるからである。
この施策自体はその後積極的に採用されることは無くなったが、現在に至るまで履帯のサイズが大きく変わらず、多少の作業で移植可能になっているのはこの施策の名残であると言える。
特に世代更新の時期に旧世代の車体を新型履帯に載せることは時々やった。
なお、三号三型は車両自体のコストは抑え、兵装や装備を追加する余裕を確保していた。後からの改造を前提にして、汎用性のある車両を作る目論見である。
履帯の欠陥からこの車両が活躍することはなかったが、この構想自体にはその後も時々立ち返ることになる。
第四世代
(ここに画像、四号二型)
世にも珍しい三角履帯。
第二世代、第三世代の時点で台形履帯の問題点は既に下着重工を苦しめていた。
これを受けて、登攀性能を維持しつつ砲戦時の安定性を確保するため、第二世代履帯の、前から三個目の転輪を外したものを新型履帯として設計。
また、それに応じてグラバー砲を大々的に採用。バックブラストも合わせて、従来の車両と比較して砲戦に特化しており、履帯の走破性による機動戦はそもそも求められていない。
実際設計通りのメリットは得られたが、走行の遅さが流石に大きなネックとなる。前線に急行できるよう外部ブースターを搭載を試してみるなど、苦労が垣間見える。
サスペンションを撃たれて飛ばされ、ただの直線履帯にされることが度々あった。
四号向けに作った砲塔を二号二型に移植したりした。
二号三型
三号三型の「改造前提汎用ベース車両」構想をさらに進めた車両。車体の構造体にステアヒンジを採用しており、その特徴を維持したまま耐久性を底上げした。
正面装甲が外れやすいことから、その裏にさらに第二装甲を備えるというヘンテコ設計。
ステアヒンジ構造と第二装甲により、正面から撃たれることに対しての耐久性はそこそこあった。
めくりに悩まされたためにめくり対策の装甲を備えるなど、パーツへの余裕をしっかり活かしている。
バリエーションによっては、グラバー砲やバックブラストを採用している。
二号五型
下着戦車の開発は「機動戦車」「改造前提特殊戦車」「重戦車」の3つをローテーションで行っている節があるが、これはそのうち機動戦車に分類される。
二号五型と二号三型はほぼ同時期に並行で設計されたため、構造に少し共通点がある。
二号五型は装甲と砲塔、車体に至るまで、何度かの設計変更を経験している。
初期には、二号三型同様、第二装甲を備えていたが、開発の途中で設計が変更される。
その結果、機動戦車分類でありながら、その防御性能には目を見張るものがあり、傑作の一つとして数えられる。
廃工場飛び降りを達成したのはこの戦車だ。落下に耐えうる固い車体が功を奏した。
二号六型
二号履帯の問題点として、履帯が1.0間隔な点が挙げられる。二号五型がある種の到達点と評されたのには、その消費コストがとうとう250近くになった点が理由にある。今後新しく戦車を作るのであれば、単なる足し算ではなく、何かを削る必要があった。
さらに六型では砲塔に装甲をつけることを目標としていたため、ちまちまとした削減では明らかに足りないことは目に見えていた。
そのため、履帯が大胆に1.2間隔で巻き直されている。これにより大幅なコスト削減を実現。
初期開発後も基礎的な車体設計方針をそのままに改善を繰り返され、最終型は二号六型四式。
砲塔の設計は最適化され、車体の構造は無駄を削げ落とし、コストを装甲を保持する車体前方に集中。フロントヘビーを活かしたバイポッドを展開することで、安定した長距離砲撃も可能。二発の火炎ロケットまで装備しておきながら、6ブロックの余裕を残す。
分類上は重戦車であり、実際正面切手の戦闘で戦果を残した一方で、その機動性は損なわれていない。
火炎ロケットやバイポッドを装備することで戦闘能力は遥かに向上しており、下着重工のロングセラーとして名が高い。
この車両の開発の過程と遺伝子は、この後の下着戦車の設計の核として、今尚受け継がれている。
二号七型 ~ 二号十型
これらは後の世代での開発の後に作られた趣味車両。
二号八型は二号二型をオマージュした記念車両。
二号九型と十型は牽引装置を搭載している。
やっぱガンタンク履帯を元にしているだけあって、二号履帯はシンプルに走らせるだけならトップクラスの性能をしている。
趣味車両作りが捗る。
第五世代
第二世代、第三世代、第四世代の経験と教訓を糧に最適化を重ねた二号六型を最後に、第二世代は限界を迎えた。
履帯の巻き直しによって大きく改善したものの、以前として二号履帯の高コスト、低耐久、低速度は解決しようのない課題であり、これを解決するには全く新しい設計の履帯を制作する必要があった。
コストは台形履帯である以上ある程度は削減のしようがないことは当初から明らかであったが、低耐久は木製のコグを大量に使っているのが原因なのはわかりきっており、解決は容易である。
推敲dynamiteOpanty.icon
よって第五世代では特に低速度を解決することを目標に絞り、台形履帯で直列コグの実現を試みた。
以前にも台形履帯に直列コグを採用し、サスペンションを搭載する試みはあったようだが、車体内部にサスペンションを配置すると作用点と支点が遠くなり折れやすいという指摘がある。
この解決を目的としたものではなかったが、旧世代履帯との互換性を維持するべく内部フレームで完結することを目標に、サスペンションを履帯内部に配置したことは、結果としてサスとしての挙動を阻害しない理想的な結果をもたらした。
推敲dynamiteOpanty.icon
この構造は後の世代でも変わっておらず、履帯に内部フレームを入れることはもはや下着重工の変えられないアイデンティティとなっている。
第五世代からは内部フレームに丸太ではなくサスヒンジを用いるようになったが、これは剛性が不足しており、外部からの保持を必要とする。
もし履帯内部フレームではなく、車体内にサスペンションを設置していた場合、車体の大部分をサスペンションが占めてしまい、車体のフレームのためのスペースが足りなくなる。そういった意味でも、直列コグを台形履帯に入れるための最善の策だったと言える。
開発の初期には履帯の巻きに苦労し、外部メーカーに履帯巻きを委託したこともある。
五号履帯によって一気に高速化したことから、第五世代では様々な可能性が模索された。
二号六型の設計思想をそのまま落とし込んだ五号一型、
高速化した履帯を活かすため車体を軽量に抑え、追加兵装を搭載する余裕を残す五号二型、
五号一型を発展させ丸太を多用し装甲を分厚くした五号三型、
五号一型より設計を最適化し、コストを抑えるため疎かになりがちだった車体後方も含めて車体フレーム全体の強化を計った五号四型などである。
様々な新技術を投入し可能性の模索を続ける中で最適化が進み、車両によって見た目が異なることも減ってきた。
二号六型から大幅に飛躍した一方で、二号履帯ほど様々な方針を試すことが減り、似たような車両ばかりを制作している。
これを停滞期と捉える見方もあったと思う(あるいは例のこち亀ミーム)
しかし、履帯の新技術は画期的である一方で、不安定さを孕んでおり、改善が求められていた。
どちらかと言えば、設計が凝り固まっているというよりは、最適化が不足していると思われた。
改善の流れはそのまま第六世代へと引き継がれていく。
第六世代
そもそも第五世代履帯には設計上の致命的な欠陥があった。
コグの配置の関係で、サスペンションが伸縮するとコグ同士で干渉してしまう。
走行しているだけで破損することもしばしばあったため、明らかに設計のし直しは必須であった。
また、サスペンションが一つでは耐弾性に乏しく、撃たれただけで転輪が丸ごと吹き飛ぶことが多く、サスペンションの増強が求められた。
それに応えるべく、第五世代の設計を引き継いで作られたのが六号履帯である。
設計思想に大きな違いはないが、転輪一つに対するサスペンションが2本に増えており、特にサスペンションと転輪周りの各所の補強が為されている。
これにより大幅に走行時の安定性が増した。
六号一型
五号四型の設計を引き継ぎ強化したもの。各所で最適化が行われている。
第二世代では履帯の内部に非常に剛性に優れた丸太フレームが入っていた。このため車体の剛性を履帯内部フレームに依存することで車体の補強を簡略化することができたが、第五世代・第六世代のサスヒンジでは同じことができない。
その代わりとして車体フレームに丸太や木材ブロックを用いていた五号四型は、特に走行時の安定性で優れていた。
その五号四型を引き継ぎつつ、装甲を保持する保持フレームも最適化がされている。
この頃、装甲を保持するフレームのより良い設計の模索が本格化した。
装甲を保持するフレームの頑強さは第二世代の時点で重要視され、車体のパーツの多くを正面装甲の保持に用いて来たが、同時に非常に大量のコストを消費していた。
強度を維持しつつコストを削減するため、設計の最適化を重要な課題として続けられていくことになる。
第七世代
nori重工がnori転輪を開発。設置順と歪みを利用した一見不可解な動作により、履帯のコストが驚異的なほど削減可能になった。
第六世代戦車の成熟を待たずして、急遽nori転輪を用いた履帯の研究開発が行われることとなる。
七号一型
車体全体をサスヒンジで構成した、明らかに高コストな車両だが、実はこれでもまだコストに余裕があるという異次元の車両。
nori転輪を用いればどれだけ車体にコストを割けるのかという点の実証実験の面が強い。
車体構造は、六号四型の丸太をサスヒンジに置き換えたものと言うと近い。
不必要なほど車体が強固であり、例えボムをぶつけられようと壊れることはそうそう無い。
火炎ロケットを4発も搭載することも可能。
一方で、nori転輪が歪みに依存している事が、開発を難しくする。
歪みの動力伝達率は、歪みを伝えるブロックの重量に依存する。
nori転輪でいえば、擬似中空転輪の擬似中空にあたるブロックの重量によって、動力が変わる。
このブロックの重量が軽い場合、車体の重量によって歪みの伝達率が落ちる傾向にある。
推敲dynamiteOpanty.icon
七号一型の車体重量は非常に高く、これによって転輪は動力を伝達することがほとんど出来ていなかった。
履帯の内部フレームの構造上、このブロックをより重いブロックに置き換えることは可能であるが、nori転輪の扱いのむずさ、不安定さは徐々に露呈し、結果的にはこの一両だけ制作した後、より動作の安定した第六世代の開発に戻ることとなる。
六号二型
二号六型の時代から大きく変わらない平型砲塔は、流石に時代にそぐわなくなってきていた。
砲塔に火がついた後履帯に延焼されたくないため木製ブロックは使えず、かといってサスヒンジで頑強な装甲を構成するには履帯と車体のコストが足を引っ張っている。
時代の砲塔の主流は既に連射性と精度に優れた縦二連になっており、これを目標に、大型で頑強な砲塔の設計に着手することになる。
結果的には、車体全体の設計が改善された。
コストを抑えつつ装甲を保持する強度を維持した装甲保持フレームは、車体下部に伸びており、めくりを狙う砲弾をカバーする。
車体後方には反トルクホイールを車体内部に搭載。以前から車体最後方にポン付けされた反トルクホイールの効果・効率には課題があり、車体への内蔵が求められていたが、ようやく実現。
設計難易度は高かったものの、砲塔、装甲、履帯、反トルクホイールの間の延焼を対策しており、安全性も高い。
砲塔には一部丸太を用い、また、従来のサスヒンジ装甲ではなく、ヒンジ装甲の真似事にも挑戦。
これによって、スペースとコストがギリギリではあるが、縦二連の砲を搭載することに成功。
車体の一部には、今まで忌避してきていたセンサー装甲を用いて、増強を図っている。
車体の耐久性は十分であり、バイポッドと反トルクの併用によって長距離射撃もこなせるなど、一定の耐弾性を備えた機動戦車として、下着重工の最新車両としての地位を確立した。
一方で、新型の砲塔には問題もある。仰俯角を担当するステアヒンジの配置に問題があり、砲塔の被弾によって簡単に砲が破損してしまう。車体の完成度が高いだけに、今後は砲塔の改善が求められている。
第八世代
第八世代となる技術は、今なお様々な設計や構造、可能性が模索されているが、まだ確立していない。
第五世代、第六世代には依然として、「履帯にプレートが用いられている」という問題がある。プレート履帯は既に時代遅れであり、ステアヒンジ履帯が最優良として採用されることが多い。一方で、台形履帯との相性はかなり悪い。
そもそもステアヒンジ履帯は脱げることが多く、履帯の巻きで対策することが多い。しかし台形履帯にサスペンションが用いられる以上は、対策に限界がある。何度か設計が挑戦されているが、脱げやすく、切れやすい履帯の改善は難しい。
また、サスペンションを従来のサスペンションブロックではなく、トラバサミを用い、内部フレームを諦めることで強度を確保しようとされたこともあったが、トラバサミは耐荷重と安全性に難があり、開発は難航している。
今後
では今後はどうなるのだろう?
そもそも台形履帯諦めて直線履帯作れやという話ではあるのだが、実はしばらくbesiegeを寝かせておいたことで、いくつかアイデアが生まれている。
第五世代、第六世代、第七世代の間、車両の最適化を求めて設計の改善を繰り返してきた。そしてそれは足りていなかった。
いくつか革新的な改善案が既にある。
第六世代の技術設計を基にして、履帯の装甲安定性を向上し、車体設計をさらに最適化、砲塔に用いるコストの余裕をさらに増加することで、下着重工はまだまだより良い戦車を開発できると信じている。
期待して見守っていていただきたい。
(ここに開発のタイムラインの画像)
1号1型
1号2型
2号1型
3号3型
2号4型
2号2型
4号1型
4号2型
2号5型
2号6型4式
5号1型
5号2型2式
5号4型
6号1型
7号1型
6号1型
6号2型
6号4型