2026/0318 渡辺努『物価を考える』(日経BP, 2024)
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目次
・価格硬直性
・総供給曲線とフィリップス曲線
・リザーブ(日銀当座預金)
・金融政策のお金の流れ
・デフレから脱却するための新手法
・図1-5 「鳥貴族」の客数と客単価
・図4-5 フルタイム労働者の賃金上昇率の分布
・図4-12 主要国における価格のバラツキとインフレ率の関係
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日本銀行とはなにか? 物価とは何か? 答えに窮する人々にとって、本書は優れた教科書だと思う。その丁重な文体が、どこか教師と学生のやり取りを思わせる。
とはいえ、誰にでも著者が語る物価の仕組みがわかるかといえば、おそらくそれはないだろう。経済は実に複雑だ。用語や理論が難解だからではない。身近なはずのお金にまつわる話なのに、常識や固定観念に捕われていると、著者の考えに付いていけなくなる。物価の正体が極めて高度な経済事象であることに変わりはない。
その硬質なテーマを丁寧に語る著者の姿勢を許しと受け止め、自分なりの感想と学んだことを記録することにした。公開ページなので間違いのないように務めたが、本書を完全に理解できているわけではない。おかしいと思った方は、原典の『物価を考える』をご確認いただきたい。
1. 「失われた30年」についての圧倒の総括
本書の直接のテーマは物価、とりわけデフレとインフレの説明に置かれている。著者はその発端を、1990年代半ばに労使間で行われた賃上げ自粛に置いている。そこからはじまったデフレがインフレに転じるのが2022年ごろと考えれば、本書の内容は事実上、「失われた30年」の解明にあるといってもいい。
だが、デフレは日本だけに起きるものではない。1929年の株価大暴落をきっかけに起きたアメリカの大恐慌は、歴史的にも有名なデフレとしてしばしば話題になる。
しかし、その大恐慌も1933年には回復の兆しを見せ、第二次世界大戦の勃発とともに収束している。アメリカのデフレは大恐慌と呼ばれながらも10年も続かなかった。そのことを思えば、「失われた30年」がいかに特異なデフレだったかがわかる。
日本のデフレはなぜ30年も続いたのか。本書にはその答えとともに、デフレから安定的に脱却するための道筋が示されている。その中身を辿る前に、本書の構成を整理しておきたい。まず、デフレの成因としてとりわけ強調されている話題にはつぎのようなものがある。
・労使間で行われた賃上げ自粛。
・日本社会のノルム。
・価格バラツキにたいする不寛容。
・価格と賃金の下方硬直性。
これらの要因が経済の足かせとなって長期のデフレをもたらした。その間に日銀が行ったことや政策にも多くのページが割かれている。代表的には次のあたりがそうだろう。これらをひと括りにすると金融政策になる。
・初期のゼロ金利政策。
・異次元の金融緩和。
・マイナス金利政策。
ここまでがほぼ「失われた30年」に重なるが、本書の特徴といえるのはこの後の展開だろう。そこでは次のような話題が交わされる。こちらは財政政策との関連が強い。ここが本書の関所だと思う。
・値上げと賃上げ。
・2%のインフレターゲット。
・プラスの政策金利。
・リザーブの表と裏(マネーの量と金利)。
この全体の構成をさらに要約すれば、強力な日本的ノルムがデフレを固定化し、脱却のための金融政策ではノルムに十分に対抗できなかった。その30年間が過ぎインフレに転じた現在としては、金融政策と財政政策との併用が良いインフレをもたらす——という流れになると思う。本書のこの構成は「失われた30年」を歴史の教訓として受け止め未来を志向するという意味で、非常に重要な日本経済の総括といえるのではないだろうか。
2. 金融政策失敗の文芸的な理解
本書を読んで強く印象に残ったことがある。それはデフレの要因として「日本社会のノルム」に言及していることだ。ノルムとは英語のNormであり「社会規範」や「標準」と訳される。社会学や哲学の分野で見聞きする用語だが、経済関連の図書に登場するのはめずらしい気がする。
そのノルムついて著者は、日銀の黒田元総裁や内田副総裁の発言にも登場するとしつつも、経済学の分野としては例外的だという。
物価や賃金をノルムで語るのは、現代経済学の標準ではありません。予想で説明するのが王道です。物価や賃金に関する論文の 99%以上が予想にもとづくものです。私自身もノルムで物価の論文を書いたことは一度もありません。大学の授業でも予想にもとづく理論の説明が主です。(p.224)
その上で著者は「インフレ予測はこれまでの人生経験に左右される」とする仮説のもとで、デフレにノルムが大きく影響したとしている。興味深いのはその仮説が、コロナ下での自粛ノルムと関連付けられ補強されていることだ。具体的には、本書の「表3-2 日本社会の二つのノルム」がそれにあたる。文字数が多い表なので、要約して示すと次のようになる。
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この表を見ると、「日本社会の二つのノルム」がいわゆる日本社会を覆う「空気」のように思えてくる。慢性デフレの部分だけでは気付きにくいが、コロナ下のロックダウンで経験したマスク着用や着用しないことへの非難を、賃上げや値上げの自粛に突き合わせると、確かにデフレにも日本的な空気感が影響していたと思う。著者は次のように述べている。
値上げをしようとする企業に対しては、その商品を買わないというかたちで「不買運動」を展開し、企業を厳しく牽制(…)また、社長がテレビで謝罪したガリガリ君の値上げや「#くいもんみんな小さくなってませんか日本」は、不買運動をかわすために企業が捻り出した戦略です。消費者による不買運動は日本の至るところで展開され、その結果、屈折需要曲線(値上げがあると需要が大きく落ち込む)が生み出されました。(p.252)
この視点は次に続く節のタイトル「第4節 犯人は日銀か、それとも政府か」につながっている。わたしたちは通常、物価対策は日銀が行うと考えるが、著者は政府の財政当局も関係するとして「日本のデフレは財政政策に原因がある」との見解を取っている。そして「政府の台所事情を『忖度』する消費者が日本でもアメリカでも増えている」と述べている。
消費者による政府への気遣いは日本社会のノルムと同質のものだ。しかし、ノルムを抱くのは消費者だけではないだろう。性格は異なるとしても、政府もまたノルムを持っていなかったか。著者は次のように書いている。
異次元緩和で起きたのは、円安を通じた輸出企業の収益好転でした。その収益増が賃上げにより家計に回ることが期待されましたが、実際にはそうしたトリクルダウンは十分に起きず、その結果、消費が停滞し、デフレ脱却もかないませんでした。
これに対してシムズが考えている富効果チャネルは企業ではなく家計に最初におカネを渡し、消費を喚起し、そこを起点にデフレ脱却を図るという作戦です。おカネの回し方が根本的に異なります。(p.271)
この後半部分は後ほど取り上げるとして、前半の記述には、政府が円安を通じた輸出企業の収益好転に目を奪われたことへの含意があるように思える。つまり政府は政府なりに、好成績をつづける大企業に安心したのではなかったか。あくまで私見だが、日本経済を支えるのは大企業だという思い込み、ここに政治的なノルムがあったのではないかと思う。このことを先ほどの「表3-2 日本社会の二つのノルム」に当てはめて整理すると次のようになる。
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表の記述内容は前掲のものと同じだが、慢性デフレの項目を、政府、企業&労組、社会、消費者に分類している。賃金の安い中国への対抗策を打ち出した政府は除くとして、赤色で囲んだ部分は、社会全体が日本的な「空気を読む文化」に包まれていたことを示唆していないだろうか。
しかし、政府が見ていたのはこの赤枠ではなく大企業の方だった。2009年から2012年末までの民主党政権時代を除けば、いまなお与党自民党は経団連や経済同友会との親交が深い。そこでの情報から大企業の好成績を日本の良いノルムと受け止め、その支えである金融政策を維持したように思う。この政府と大企業の間に生まれた空気感が、「トリクルダウンは十分に起きず、その結果、消費が停滞」する状況を招き、財政政策に力が入らない要因になったのではないだろうか。つまり、政府は日本社会の空気を読めなかったことになる。
実際、自民党が政権を奪還したあと10年にも及ぶデフレが続いた。その間の大企業の業績はどうだったかといえば、それ以前にも増して利益を延ばし、とりわけ利益余剰金の伸びは著しいものがある。
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政府による大企業寄りの姿勢をノルムと見るのは、著者のいう「日本社会のノルム」から逸脱した文芸的解釈かもしれない。とはいえ、もし大企業がデフレ下でこれほどの業績を上げていなかったら、大企業と政策が空気感を共有することがなかったら、日本のデフレが30年にもおよぶことはなかったのではないかと思えてならない。
3. 金融政策を機能不全にした三つの構造要因
私のような一般の読者にとって、本書の学生向けの講義のような説明は大いに助けになる。しかし、本書で著者が展開している内容自体は高度だ。経済学の素人の感想としては文芸的に書き進めたいところだが、金融政策がなぜ効かなかったかを明確にするには避けて通れない重要なポイントがある。「価格硬直性」「総供給曲線とフィリップス曲線」「リザーブ(民間金融機関が日銀に置いている当座預金)」である。
・価格硬直性
価格硬直性とは、値上げや値下げの価格変動が起きにくいことを指す。それ自体はむずかしい考え方ではない。日本社会では、とりわけ価格硬直性が強いといわれる。このことは先の「日本社会のノルム」の経済学的な説明にあたる。その説明で興味深いのは、価格の硬直には二つのバラツキが関係しているとする部分である。
ひとつ目のバラツキは、文字通り価格そのものバラツキを指す。もうひとつは、商品の優劣から生じるバラツキである。バラツキにはこの二つの成因があるため、価格が硬直した場合、単に商品価格が横並びになるだけではなく、それによって商品本来の価値までもが押さえ込まれることになる。著者はつぎのように書いている。
価格を揃えるとすると、知恵を絞った商品とそうでない商品が同じ価格になってしまうので、頑張りが無駄になってしまいます。知恵を絞って工夫してもその甲斐がないということであれば、企業は商品差別化のためのイノベーションを行うインセンティブを失ってしまいます。だから、商品特性に起因する価格のバラツキは温存しなければいけないのです。(p.310)
ここには、文芸的な理解では見逃しがちな経済事情が示されている。空気感による同調で価格の安定が蔓延するうちに優れた商品が姿を消す。それによって作り手の意欲や能力が削がれ、優れた作り手が淘汰される。そうなれば、たとえ景気が回復しても商品価値を上げることができず、国際競争力が低下する要因になる。これでは世界と戦えない。
そのことを思うと、30年にわたるデフレの間に起きた一人当たりGDPや付加価値生産性の低迷、さらにはDXやAXの遅れも、結局は私たち消費者自身が招いたと思え、暗澹とした気持ちになる。
デフレ対策として重要なことは、価格を考えるとき、商品の優劣から生じるバラツキを押さえ込んではいけないということだ。この消してはならないバラツキを著者は「良いバラツキ」と呼んでいる。ここには金融政策が効かなかった理由以上に、良いバラツキによる価格上昇は容認するべきという重要なメッセージがある。
・総供給曲線とフィリップス曲線
総供給曲線は物価と生産者の関係を表す。名前に「供給」が付くように、この関係にはとりわけ、モノやサービスを提供する側の意識が影響する。生産者は景気(需要や利益)に応じて価格や生産量を設定するので、生産量を増やすときは物価の上昇局面にある。後述のようにこの傾向は、横軸の生産量を失業率で表すことで、フィリップス曲線にも現れる。
しかし、本書で著者が着目しているのは、総需要と価格の曲線が示す傾向よりも供給の仕方、価格の中身の方にある。価格と数量は生産者が個別に決めることができるので、需要が同じでも供給の仕方に違いが出る。これを経済学では、価格(GDPデフレータ)と数量(実質GDP)として扱う。このため、両者をかけ算したものが総供給(名目GDP)になる。
このことが重要なのは、価格と数量のバランスによって総供給の効果に違いが出るからだ。実際、総供給が同じでも価格と数量の寄与は国によっても大きく異なる。下の図にはその実態がよく現れている。日本では名目GDPが上昇しても、その内訳が数量の増加に偏っていることがわかる。
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このことは、先の日本の価格硬直性の強さを表しているが、この図が1990年以降のGDPデータにもとづくと記されていることから、ほぼデフレ下の特徴であることがわかる。より広い時間軸でどうかは、次の日本のフィリップス曲線で確認できる。
フィリップス曲線は失業率と物価上昇率の関係を表す。一般に失業率が下がると賃金が上昇し物価が上がる。このためグラフは右下がりになる。本書に掲載された下図にもその傾向が現れている。しかしこの図で特徴的なのは、1953年から1999年にかけてグラフが急峻な右下がりなのに対し、2000年以降はほぼ水平で物価上昇がほとんど起きていないことだろう。
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このことを先程の名目GDPの内訳と考え合わせれば、2000年以降に起きた名目GDPの増加の支配要因が確かに数量だったことがわかる。そしてもうひとつ、日本は常にそうだったわけではなく、かつてはインフレになりやすい体質を持っていたこともわかる。
言い換えれば、価格上昇を促すことができれば、同じ名目GDPの増加であっても価格のバラツキが増え、イノベーションに応じた良いバラツキが期待できるという見方ができる。これについて著者は次のように述べている。
異次元緩和の失敗の理由としては、総需要の刺激が不十分だったとの見方が圧倒的に多かったように思います。最近になってようやく、総供給サイドに問題があるとの認識に変わりつつありますが、それでもまだ総需要が原因との見方が根強いように思います。異次元緩和の敗因は、総需要刺激の力不足ではなく、総需要の増加を価格上昇へとつなげる総供給サイドの機能不全であったことを強調しておきたいと思います。(p.408)
この考え方は、企業の価格決定に自由度を高めることとともに、作り手が商品の改良などにより積極的にコストを引き上げ、それを価格に転化させる考えにつながる。より大きな視点でいえば、総需要から総供給へと経済の視点を変える必要があるということだろう。
デフレを解消するには、先ほどのフィリップス曲線からいえば失業率を減らさなくてはならない。また、名目GDPの内訳でいえば、価格を上げる必要がある。価格のバラツキを認め、イノベーションも喚起しなくてはならない。もっと大きな枠でいえば、企業が人材と設備の両面で生産を増やす必要がある。
考え方はそうだと思う。しかし、そのための人材はどうかと言えば下表のように、日本の完全失業率(労働力人口における失業率)は2.7%と非常に低い。ここからさらに失業率を下げるのは容易ではなく、下げ幅を大きくするにも限界がある。
このように、生産年齢人口と労働力人口はすでに切迫しており、日本の労働余力は事実上ゼロになっている可能性がある。この問題については冨山和彦『日本経済AI成長戦略』の感想で取り上げた。$ ^{1)}
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価格については、コロナ期が過ぎて物価上昇がはじまったが、長期のデフレの影響で供給側の付加価値生産性がまだ回復していない懸念がある。例えば、人口減少と高齢化により生産現場の人材が減り、デジタル分野でもプラットフォームやAIはGARAMに席巻されている。価格上昇の中身が原材料価格の上昇であれば、肝心の「良いバラツキ」は起きていないことになる。
そのことを確かめるために、GDPデフレーターと輸入物価指数の推移を調べてみた。いずれも2025年を基準とする指数である。結果を下図に示す。
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この図から、GDPデフレータは1990年代後半から低下する一方だったが、2013年頃から上昇に転じたことがわかる。しかし同時に、その要因は輸入物価の上昇であって、国内で生み出される付加価値の増加によるものではないことが示されている。実際、日本の労働生産性は低迷を続けている。一人あたりの労働生産性は長らく20位前後だったが、2015年ごろから低下しはじめ、2000年以降は28位前後にまで落ちたまま、いまも回復していない。$ ^{2)}
整理するとデフレからの脱却には、価格硬直性の観点からは良いバラツキを取り戻し、総供給量からは商品の値上げが必要になる。実態としてここ数年は価格上昇が見られるものの、まだ本来実現すべき付加価値ベースの良いインフレは起きていない可能性がある。
・リザーブ(日銀当座預金)
本書にはこうした問題への解決の方向性が示されている。そして、この話を考えるにはどうしても避けて通れない、もうひとつの重要な構造要因がある。それがリザーブと呼ばれる、民間銀行が日銀に置いている当座預金である。
このリザーブを考える上で重要なことは、価格や値上げのように直接的に市場経済に作用するものとは性質が異なることだ。一方で、リザーブを通じて銀行の資金環境が変化し、それが間接的に市場のマネー供給(1万円札などの日銀券の流れや量)に影響するため、解決の方向性を読み解くにはリザーブがどのような性質を持つかを押さえておく必要がある。
2013年にはじまった異次元の金融緩和により大量の国債が発行された。本書によれば、それにより開始前には60兆円程度だったリザーブが2024年には561兆円にまで増加したとある。現在の日本の名目GDP額は約663兆円なので、非常に多額の金額であることがわかる。
ただ、経済政策のなかでこのリザーブがどのような役割をはたすかは専門領域の話だろう。門外漢にはその全貌を理解するのは簡単ではないが、金融政策と財政政策の違いを理解するには、下記あたりを頭に入れておく必要があると思う。
・リザーブとは民間銀行が日銀に持つ当座預金である。
・銀行間の決済はリザーブを使って日銀の帳簿上で行われる。
・金融政策は、日銀による国債の売買を通じてリザーブの量や短期金利を調整する政策である。
・金融政策によるリザーブの増減と民間銀行の預金の増減に直接の関係はない。
・銀行預金は銀行貸出や政府支出によって生み出される。
・財政政策は、政府支出や減税を通じて民間部門の所得や需要を直接増減させる政策である。
・政府支出は民間銀行のリザーブ(資産)を増やすと同時に、銀行預金(銀行の負債)を増加させる。
銀行貸出によって預金が新しく生み出される仕組みは信用創造といわれる。政府支出もまた、銀行預金を増やす働きを持つ。
ここで注意しておきたいのは、リザーブは銀行にとっては資産だが、日銀の側から見れば負債にあたるという点である。経済では、誰かの資産は必ず誰かの負債として記録される。両者は常にバランスしていなければならない。
文芸的にいえば、夫の大谷に「人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ」$ ^{3)}と言った妻のさっちゃんは、社会的な「負債」を踏み倒すことで夜逃げすることになった。さらに突っ込めば、大谷は政府(負債を積み上げる主役)、さっちゃんは日銀(負債を引き受ける女番頭)と言えなくもない。「生きていさえすれば」はさしずめ、円の価値がいくら下がろうと、経済システムが止まらなければよいという発想にも重なるところが面白い。さっちゃんが誰かは言わない^^;
4. 金融政策+財政政策という処方箋
ここまでを振り返ると、「失われた30年」の間に大企業は利益を積み上げた。しかし、当時言われたトリクルダウンは起こらず、価格の良いバラツキは押さえ込まれ、低い失業率は達成できたが賃金は据え置かれた。その背景には日本人のノルムと、おそらくは政府のノルムもあった。そして気付けば生産者からは付加価値創造の意欲が失われ、長いデフレを過ぎ物価も賃金も上昇傾向にあるものの暮らしぶりは良くならない——そんな整理になるのではないだろうか。
『物価を考える』で著者はこうした異次元緩和の失敗を認めた上で、デフレを脱却し良いインフレに向かうための「新手法」を提示している。新手法は本書の重要な結論であり、できるだけ正しく内容を理解したいと思う。このためまず異次元緩和のお金の流れを整理した上で、著者が示す新手法がどのようなものかを考えることにする。
なお、著者は「異次元金融緩和」と「量的・質的金融緩和政策」を同じ意味で用いているので、ここからは異次元緩和を金融緩和または金融政策と記述することにする。
・金融政策のお金の流れ
金融政策では、日銀が国債を購入して金利を引き下げることで、最終的に企業活動を促すことが期待されている。国債を起点にリザーブを増やし、短期金利の低下を通じで貸し出しを増やす流れになる。このお金の流れを図にすると、次のように描けるのではないかと思う。
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図に示したその流れを起点から終点まで順に辿ると次のようになる。以下の番号は図の番号と対応している。ここで銀行とは民間銀行のことである。
❶ 銀行が保有する国債を日銀が購入する。
❷ 購入した国債は日銀の資産に計上される。
❸❹ 日銀が購入した国債の支払いは銀行の日銀当座預金口座(リザーブ)に記録される。(リザーブは銀行にとっては資産であり、日銀にとっては負債である。)
❺ リザーブへの資金供給が増えたことで短期金利が下がる。
❻ 短期金利に応じて市場金利が下がり資金需要が増える。
❼ 銀行からの貸出が増える。
こうして銀行から資金提供を受けた企業の活動が高まり、賃金上昇、消費増大、民間投資が促され、結果として景気の回復や物価上昇が起きると期待された。この金融政策は1999年のゼロ金利政策にはじまり、量的緩和や異次元の金融緩和を経て、コロナ禍が過ぎるまで続けられた。
しかし、実際には❻❼がうまく機能しなかった。著者自身、「マネーの飽和という壁にぶち当たり、それが異次元緩和失敗の原因のひとつになった」と述べている(p.386)。マネーの増加でねらいとした❺の金利低下は起きたが、企業は銀行から資金を借りようとしなかった。
この実態は当時の法人企業統計で確認することができる。下の図は金融・保険業を除く国内全業種の設備投資、経常利益、利益余剰金の推移を示したものだが、二度の金融緩和にもかかわらず、企業の設備投資は増えていない。一方で、企業は着実に内部留保(企業余剰金)を高めている。当時の企業経営者は、設備投資への意欲を欠いていた。経常利益は右肩上がりに伸びており、経営環境は悪くないなかで、マネーはそれほど魅力的ではなかったのだろう。
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こうして、「失われた30年」のデフレがはじまった。金融緩和が効き目を発揮しないまま異次元緩和は延べ30年近くもつづき、リザーブは約561兆円にまで積み上がった。先にも述べたように、そこには価格の変動に不寛容な日本人のノルムと、大企業を中心とする企業の好業績に安心し、デフレを真剣に危惧しなかった社会的な空気感があったというのが先の話だ。
・デフレから脱却するための新手法
『物価を考える』の真骨頂は、この歴史的なデフレを物価で読み解いた上で、今後の対応策を示したところにあると思う。著者は次のように書いている。
日銀のマイナス金利政策は、中途半端だったために失敗に終わりました。その苦い経験から、もう二度と導入すべきでないという否定的な見方が現時点では大多数のように思います。このままいくとマイナス金利政策は稀代の失敗策としてお蔵入りでしょう。しかし、日銀の取り組みには、ケインズやフィッシャーが100年前に出した宿題への回答という側面があります。なぜ失敗したのかの検証をきっちり行ったうえで、それを踏まえて、金融政策の新たな技術として政策のツールボックスに格納する道を探るべきだと思います。(p.400)
この引用に続くのが、先の総供給曲線とフィリップス曲線の話である。そのなかで著者は「賃金の一律の上昇を促す政策」や、「最低賃金の導入や共謀的価格設定の奨励といった、企業が価格を上げやすい環境の整備」の重要性を説いている。要するに、作る人と売る人の意識を供給を増やす側に変える必要があるというのである。
その上で、政府と日銀が行うべきこととして、大量のリザーブを維持したままで利上げを可能にする「魔法のカラクリ」を次のように説明している。
新しい手法では、マネーの金利をゼロ%でない水準に設定できます。この新たに手に入れた変数を操作することで、需要曲線を中央銀行の望むようにシフトさせることができます。そして、それによって交点を中央銀行の望むように移動させることができます。交点を自由に動かせるということは、金利とマネー量の「両方」を自在にコントロールできることを意味します。魔法のカラクリはマネーの金利だったのです。(p.421)
これが魔法のカラクリなのは、マネーが量と金利の二面性を持つからだろう。「金利という裏のカード」でマネー需要を動かすところに新しさがあると思う。この手法を供給曲線の移動として図にすると、おそらく次のようになるのではないだろうか。
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金融緩和以前の状態がAだったとする。金融緩和によりマネーの量が増えた結果、A点は次第に右方向に移動した。しかし、ゼロ金利になったことで物価は止まり、Bの状態になった。これが「失われた30年」の着地点になる。
新方式では、このBの状態を脱しCの状態に持って来ようとする。しかしそれは、日銀が供給曲線を直接動かすことではないはずだ。供給曲線を動かすのはあくまで市場の反応だからだ。
ここまでは著者の考えが何とか理解できる。だが、リザーブ金利の操作でどのようにこのシフトが起きるのだろうか? ここが難しい。
明確に言えるのは、日銀はマネーの量に関わらず金利を決められることだ。日銀が自信を持って数%のリザーブ金利を設定すれば銀行の経営は安定する。政府は金利の不安定化を恐れることなく財政出動を行うことができる。ここがポイントではないだろうか。安定した金利環境のもとで財政出動が需要を生み出し、将来の収益への期待の高まりにより企業は投資や生産を拡大する。結果として供給が増加し、均衡点はBからCへと上方に移動する——これがやっとたどり着いた私の理解だが、さてどうだろうか。
この理解が間違っていなければ、新方式とはつまり、財政政策の近代化なのだろう。金利が財政を支える新たな財政政策を促すという意味だ。金融政策が行われた「失われた30年」の間、財政出動が皆無だったわけではない。2000年代には麻生内閣のもとで定額給付金やエコポイント制度が実施され、その後アベノミクスでは「第二の矢」と呼ばれた財政政策も行われた。しかし、それらは十分に効果を発揮せず「失われた30年」に飲み込まれた。
そうなったのは、リザーブの量を増やすことでゼロ金利に誘導したからだ。このことが財政に対する金利の支え(調整機能)を弱め、需要と供給が硬直化した。それは経済にとって不自然なことだった。
著者は本書の「第5章 金融の正常化」なかで、経済状況と政策金利には一定の規則性があるとしてテイラー・ルールに言及し、「2027年の年末には、政策金利は2%を超えるところまで到達する」と予測している。著者の基本的なスタンスはここにあり、「新方式」はその設計図に思える。
新方式は供給を増やす点で財政政策と似ている。しかし、かつての財政出動は異次元の金融緩和とゼロ金利政策のなかで行われた。それを、金利のある世界で行うということだろう。著者の考えに、経済を金利で動かそうとする意思を感じる。新方式の設計図に記された基本方針は次のようになるはずだ。
〈新方式でもお金の流れは同じだ。国債→財政支出→貸出しという流れは変わらない。そのうえで、日銀が安定した金利という基礎を提供する。これにより価格が柔軟性を取り戻し、人件費が上がり、設備投資が促され、2%程度の安定したインフレが起きる。その結果、安心して暮らせる消費社会が実現できる。〉
日銀がリザーブの金利を誘導するのはひとつの金融政策だろう。だが新方式には財政政策の要素も濃厚だ。金融政策と財政政策の組み合わせが導くお金の流れの正常化、それこそが新方式の要なのだろう。
5. 【参考】この本の図が示す日本経済
本書には多くの図が掲載されている。本文で引用したもの以外にも、日本経済を知るうえで参考になるものが多い。以下に、本文では割愛した特に印象に残った三つの図を紹介する。
・図1-5 「鳥貴族」の客数と客単価(p.32)
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当時「鳥貴族ショック」と呼ばれた現象を捕らえた図。280円(税抜き)から289円(税抜き)へ、18円の値上げ(値上げ率で6%)により、鳥が羽ばたくように客が離れた。背景に日本の強い価格硬直性がある。全体が値上げをしないなか単独で値上げをすれば、顧客がいかに敏感に反応するかが明快に示されている。現在の価格はは337円(税抜き)になっている。2026年3月の決算発表によれば経営は順調で、「国内事業は無双状態」だそうだ。その間に鳥貴族は果敢にCX・DXに取り組んだといわれている。
・図4-5 フルタイム労働者の賃金上昇率の分布(p.319)
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金融緩和の時代、賃金上昇のピークの位置がほぼ0%で全く変わっていない。ほとんどの人の賃金が前年と変わらなかったことがわかる。また、ピークの右側に比べ左側が急峻なことから、名目賃金に強い下方硬直性があることがわかる。一方で、1990年には6%もの賃金上昇があった。
・図4-12 主要国における価格のバラツキとインフレ率の関係(p.347)
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消費者・生産者は価格が安定している方を好むので、カーブの一番底に落ち着く傾向がある。日本の場合、そのときのインフレ率は-0.5%あたりにある。その他の国のグラフの底は+2.0〜3.0%になっている。カーブの底がインフレ率が高い位置にあることを著者は、「市場を円滑に機能させるための潤滑油」と呼んでいる。(p.324)
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3)太宰治『ヴィヨンの妻』