断片が持つ接続可能性
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断片は一人ではいられない。
連想について考えてみる。
何かの言葉や概念に触れる。すると、人の脳はそこから連想反応を引き出す。別の、それでいて近い概念を想記するのだ。言葉遊びは、おおむねこのような反応を利用している。そしてその反応は、各人が傾向を持つ。Aのことばを耳にしたらB、というような対応関係を有するのだ。もちろん、一体一のような限定的なつながりではないせよ、ある程度「顔なじみ」が並ぶことになる。会話で使われる「常識」が指すものも、この馴染みの対応関係なのだ。そのような対応の組み合わせは、必然的に新しくない。アイデアではない。そこで、別の対応関係を求めることになる。そのために、一度切断するのだ。
初出:2017.Jan.28
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全体から切り取った断片は、その時点では断片ではあるものの、別の断片らと接続する可能性を有している。いや、むしろそれは積極的に何かとつながりたがっている。接続を希求しているのだ。
もちろん、その擬人的な表現は、断片と対面した当人にとってそう感じられる、ということにすぎない。断片であっても、いや、断片であるがゆえに、それは連想を促す。大切なのは、その力を殺さないことであり、むしろそれを引き出すことであり、もっと言えば、実際にその接続を実現してみることだ。うまくいくかは事前にはわからない。「いきそうだ」という直感があるにすぎない。だからこそ、そのつながりの感触を確かめる必要がある。
初出:2017.Jan.30
#断片からの創造