性的指向のデザイン空間
もし木の見た目にのみ性的興奮を覚える人がいたとして、それをなぜ性的興奮と呼ぶのか、という問題はとりあえず不問とし、何が性的興奮であるかということはそれがどういう刺激から生まれるかによらず、反応の質のみによって考えるものとし、しかもあらかじめどういう反応が性的興奮であるかということは与えられているものとしよう
だから反応は、実数とか、真偽値とかと考えてもいい
ここでは性的指向を、感覚刺激から実数あるいは真偽値への関数として扱っていると考えていい
性的指向のデザイン空間の中で男性愛や女性愛であるものはごく一部を占めるにすぎない。 つまり、視覚や聴覚などの感覚刺激から性的興奮を生み出すような機械をランダムに組み立てたら、その性的興奮条件は、ほとんど男性とか、女性とかいった性質に対応するものではない。
つまり、ここであらわれる「X愛者」のXが性別に対応する可能性はかなり低いということだ。
なぜかというと、性別に関する視覚や聴覚の刺激というのは、それぞれ単体では ある程度オーバーラップがあって (本当? おっぱいのある男性はそんなにいないのでは(YouTubeでそう言っている人を見たことがあるけれど))、1つの性質だけから性別を決めることはできないから。
顔、肩幅、筋肉、声の高さ、胸の膨らみ、ウエストのくびれ、などといった複数の感覚刺激に対し、偶然にも女性・男性どちらかの特徴をトラッキングするように方向性の定まった反応をする、という機構が偶然組み立て上がる確率は低い。
ここで、声は低いほうが興奮しておっぱいはあるほうが興奮するというような機構だと、男性女性にも興奮したりどちらにも興奮しなかったりする可能性が生じることに注意。
そして、そのような組み合わせは、男性や女性のみに興奮するような組み合わせよりもたくさん考えられる。
「顔、肩幅、筋肉、声の高さ、胸の膨らみ、ウエストのくびれ」という6つの特徴について、それぞれが仮に独立にコインフリップで好みを決めるとし、すべて2値として簡略化するとしても、偶然にもすべて男性の特徴を好む確率や、すべて女性の特徴を好む確率は、$ \frac{1}{2^6} = \frac{1}{64} ≒ 1.16\%となる。
つまり何かしらの理由で性的指向に変異が生じたとしても、それだけで逆側の性的指向に入れ替わるとは考えにくい。
ここではあくまで感覚刺激を入力として興奮を行うのであって、概念に対して興奮するのではないとしている。
何かしらの統計的に特定された集団 (クラスタみたいな) を参照して性的興奮を制御するのだとすれば、男性愛・女性愛を個々の特徴を個別に認識するよりシンプルに実現できるかもしれない。
(あるいは自分自身の肉体を参照してそれとの異同を調べるような機構でも、単純に性的指向が実現できるかも?(どのような点の異同を比べるのかを指定しておく必要があるけど))
「女性」を「男性以外 の 人間」、あるいはその逆、として識別するようにすれば、男性愛の機構を女性愛の実現のために再利用できるかもしれない (単に興奮を反転するのだと、女性全体に興奮するのでなければ反転して男性だけに興奮するようにはならない)。
普通の好みは (ここで私が言っている) 性的指向のようであるとは限らない。恐竜が好きな人が恐竜に対して選択的に反応する複雑な適応を持っているというわけでもない。人間がいるときには恐竜は絶滅していたから、そんなことがあるはずもない。
(男性女性の概念は性的興奮以外にも使うだろうから、そのように汎用的な識別機構があって性的興奮モジュールはそれを利用しているだけというのはありえるが)
生得観念? みたいなのがあるとしたらその男性観念や女性観念と性的興奮の関係を持って生まれてくればいいことになるかもしれない
男性愛・女性愛という性的指向は、目がそうであるように、複雑な適応である (要計算)。
すこしの遺伝子や機構だけによって制御されているようなものではない。
だから、「両性愛者」という概念の情報量 (ここでの情報量の概念としてはコルモゴロフ複雑性を想像していた) は、「異性愛者」「同性愛者」に比べて低いのだ。 (両性愛者というのは、「X愛者」のXが性別をまたがっているようなあらゆる例だと考えれば、このことは直感に即する。)
異性愛/同性愛のメカニズムが少し壊れると、両性愛になるかもしれないが、両性愛のメカニズムが壊れても、確率的に異性愛/同性愛にはなりそうにない。
言い方を変えると、あるシステムが男性愛・女性愛だと判明したあとに残る不確実性は、あるシステムが両性愛者だと判明したあとに残る不確実性よりも小さい。(不確実性は情報理論ではエントロピーともいう)
すなわち、システムSについて、
(1) 「Sが男性愛・女性愛だとしたときの条件付きエントロピー」 << 「Sが両性愛だとしたときの条件付きエントロピー」
記号で書くと、
(1') H(S|男性愛) ≒ H(S|女性愛) << H(S|両性愛)
が成り立つ。
(これはどういう確率分布? たぶんデザイン空間全体上の一様分布的なやつ)
だから両性愛という概念は、男性愛、女性愛という概念とちがって、説明や予測には役立ちそうにない。(ここでは両性愛をpansexualのようにみなしてしまっているけれど)
両性愛は自然種ではないのではないか
性的指向が複数の機構からなることが推定されるのに加え、性的指向が他の性別に関連する特徴とは分離した形で実現されている保証はないので、女性を愛する人同士 (つまりストレート女性と、ゲイ男性との間に)に 何か心理性向について相関が観察されても、それは胸の膨らみに対する性的惹かれと高い声に対する性的惹かれとの間に相関が観察されることに比べすごく不思議なわけではないのではないかと思った。
逆に、同性愛者が性的指向以外でその性別に非典型的な振る舞いをする傾向があってもおかしくない (参照: 同Bailey)
もしあなたが3つ目の目を持つとしたら、それが偶然生じたのではなく、普通の2つの目の派生として生まれたのではないか、と推定する。
なぜなら、目というのは複雑で、偶然生じるようなものではないから。
あなたが犬と同じ見た目のしっぽを持つとしたら? ぐうぜん犬とすごく同じ見た目のしっぽというのはできない。だからあなたはそれは犬と何らかの因果関係があるのではないかと思う。
いっぽう、あなたの体に木のように枝分かれする部位 (毛細血管とか) が発見されたら、それは他の生物における枝分かれする部位 (植物の枝など) と因果関係があるだろうと思う…というわけではない。枝分かれというのは別に複雑ではない。
相同と相似
ただの斑点とかは、偶然生じることがある。
ではあなたがゲイだとしたら? 男性の特徴を選択的にトラックする男性愛という機構は複雑であり、偶然生じるようなものではない。だから、(それが生得的だとすれば) なんらかの進化の結果であろう。
数個程度の新たな突然変異によって、偶然にも男性の特徴を選択的にトラックする機構が組み上がっていた、ということが起こる確率はかなり低い。
しかし、ゲイそれ自体が祖先の適応に役立ったためにそういう興奮パターンが広まった というのではありえない(――E.O.ウィルソンのゲイのおじさん仮説が誤りだとするなら)。なぜなら、あなたの祖先はみな異性とセックスすることで子孫を作ったから。
よってゲイは何らかの別の適応から派生した副産物でしかありえない。いったいどの適応の副産物か。
「男性に惹かれる機構」が適応的でありえる、もっともありえそうな仕方を考えてみればいい。
それは「女性が男性に惹かれる機構」の副産物だろう。
もし男性と女性を区別するのに、フェロモンを、そしてフェロモンだけを使っていたとしたら、ただの偶然の突然変異でオスのフェロモンを識別する機構がメスのフェロモンを識別する機構に変化してしまうということはあるかもしれない (そういう感じで小さなノイズだけで異性愛機構が子孫に伝わらなくなってしまっていると、子孫を残すのに不利な気もするけど)。
そのような場合、同性愛について上のような考察は当てはまらない。
上の考察は、男性、女性という各集団に選択的に興奮するためにかなりたくさんの特徴に基づいているという仮定にもとづいている。
(ここの定量化がないと議論が成立するか不明では)
奇妙なのは、思春期前の子供にだけ興奮する (真の) ペドフィリアである。(だけなんだっけ?)
「思春期前の子供」をトラックするように感覚刺激から性的興奮を出力する機構が複雑なものだとすると、それは進化の産物であるはずだが、思春期前の子供に特に性的興奮することはほとんど適応的ではないだろう。
(ペドフィリアが生得的ではないというだけでは。あるいはADHDやASD、統合失調症などが適応的である機構が極端になった結果適応的でなくなったというのと似た感じなのでは。)
実は現実世界では思春期前の子供に興奮するだけで、それをトラックするのに特別に秀でた機構を持っているわけではないのかもしれない。
だから仮想的に生成されたもっと変なものに(も)興奮する可能性がある。
いや、「子供」というカテゴリーがすでにあって、それに性的興奮が連合したのであって、子供らしい特徴それぞれに対し性的興奮する、というふうにはなっていないなら、そこまで変な話ではない